夢見るきみへ、愛を込めて。

「……、司さん」

聞こえたわけじゃないと思う。それでも私を見つめていた司さんは微笑んだ。

どうしてここに。なんで今なの。いちばん会うはずのない人なのに。色んな感情が渦巻いて、引き寄せられるようにして歩み寄る。


「これは、さっそく約束破ったことになっちゃうのかな」

立ち止まっても黙っていると、司さんはやっぱり困ったように微笑んで、話題を振ってくる。破ったと言うのは、お父さんと司さんのあいだで交わした約束のことだろう。

お父さんの気持ちは嬉しかった。だけど、司さんには申し訳なくて。どう答えたらいいか分からず、首を振った。

「乗って。送るよ」

助手席のドアを開けた司さんに断りを入れようとして、思い留まる。無視するなら、最初から歩み寄っていない。

「……ありがとうございます」

中途半端な自分に嫌気が差しても、助手席に乗り込んだ。


「ここに来ること、お父さんには?」

シートベルトをすると、車にエンジンがかかる。ゆっくりと発進する車体の微かな振動を感じながら、「言ってません」と答えた。


「小百合さんがいるのに、わざわざお墓参りしに行く時だけ連絡するのは、責めてるみたいだから」

「そんなことないのに」


仕方ないなと言う風に笑われて、俯く。

分かっている。責めていると思われるかもしれないって私が気にしているだけだ。昔からこう。どう捉えられるかが不安で、だったら最初から言わなきゃいいんだって心まで閉ざしてしまう。

今も。私はあの時のことを謝るべきなのに、助手席で景色ばかり見ている。


あれだけキツかった坂道は車だとあっという間で、一時停止の平地に出ると、ウィンカーは私が乗るバス停のある道ではなく街方面を差した。

「え、と、バス停までで、いいですよ」

カチ、カチ。ウィンカーの音だけが車内に響くと。

「……時間ある?」

ぐっとハンドルを握りしめた司さんの手から意志を感じた。


「ちょっとだけ、僕たちの生まれた場所へ帰ろう」

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