歌舞伎脚本 老いたる源氏

冷泉院5

源氏 冷泉、いつわしが父とわかった?
冷泉 母上の四十九日に比叡の僧から聞きました。
 厳しく口止めされていたそうです。
源氏 なるほど、おどろいたろう?
冷泉 ええおどろきました。ほんとに。

源氏 わしが三十二、宮が三十七の時だから御君は十四の頃?
冷泉 そうです十四の時ででした。

(ト源氏は盃をぐいと一飲みして)
源氏 わしの母は三歳の時に死んだ。位は低いが桐壷の更衣という。
 わしは何のことかよくわからなかったが、父の桐壷帝は見る影も
 なく落ち込んでいたようじゃ。あまりの落ち込み様に周りは必死で
 生き写しの姫君を探した。それが藤壺、御君の母じゃ。
 (冷泉院は身を乗り出して、源氏に酒を注ぎます)

源氏 美しかった。わしより五歳年上で、周りからは母桐壷にそっ
 くりと言われ、十二でわしが元服し葵上を迎えても、もう心は
 藤壺だったなあ。そりゃそうじゃろう。継母とはいえ宮中で姉弟
 のように育ったからじゃ。人恋はじめじゃ。

冷泉 ああ、強烈な初恋じゃ。わしが十八宮が二十三。もう体はとま
 りゃせぬ。王命婦をかき口説いてついに手びいてもらった。しかし
 胸のときめきが大きすぎて何が何だか覚えていない。二度目は三条邸
 に戻っておられたとき、この時のことはよく覚えている。一瞬一瞬が
 夢のようじゃった。この時に御君が宿ったんじゃ。

(トここで老いたる源氏は我に返って盃を開けます。冷泉は額の汗をぬぐい
大きく息を吸います。秋好む中宮が酌をし、お市も賄をはじめ惟光も息を
抜いて首を大きく動かします)  
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