歌舞伎脚本 老いたる源氏

冷泉院4

中宮 野々宮で。
源氏 そう、夕顔と葵上の怪死は御息所の怨霊、そう告白された。
 いとしいおかたじゃったよ。
中宮 愛しておられた。

(ト源氏は大きくうなづきながら泣く。中宮、にじり寄って
源氏の涙をふく)

中宮 母は私たちが伊勢に下るいきさつをよく話してくれました。
 葵祭の車争いはほんとに悔しかったのでしょうね。
源氏 あの行列には私も加わった。
中宮 その貴方見たさに私の母はお忍びで早くから一条大路の
 一番いいところに隠れていました。

源氏 とても蒸し暑い日じゃった。
中宮 そこに何も知らぬきらびやかな網代の御紋車が割り込んできました。
 左大臣だと分かります。乗っていたのは葵上。小競り合いになりました。
源氏 大路でもめていたのは後から聞いた。

中宮 あなたのせいでついに母の車は壊されてしまいました。
源氏 口惜しかったろうなあ。六条の御息所とわかりさえすれば恋敵を追い
 返すことができたのに、済まないことをした。
中宮 母の怒りは頂点に達し、それからは毎日芥子を焚いて恨みの加持祈祷
 を続けたそうです。死ぬまであの時は口惜しかったと申しておりました。

源氏 その執念深さは母譲りじゃ。
中宮 はあ?(トいぶかしげに)
源氏 今、薫の君にぞっこんじゃと。なあ冷泉院。(ト笑顔で誘う)
中宮 まあ、なんてことを。
(トみんなで高らかに笑う)
源氏 お前はほったらかし。ははははは。

(そこに若竹の膳、酒、肴が運ばれてくきます。源氏はまるで目が見えるように
手探りで食します。お市賄をこなし。惟光はずっと戸口に立っています)
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