俺様管理人とイタズラな日々



それは、ほんの一瞬の出来事だった。



それでも、彩芽にとってはとても長い時間のように感じた。




唇が離れた後も何が起こったのか理解できずしばらく放心状態になっていた彩芽だったが、拓海の

「ご馳走様」

という声で我に返った。




「…っ!な、ななななっ、何す…!」


動揺から口が上手く回らず、顔は耳まで真っ赤になり唇は手で覆った。



そんな彩芽の様子を拓海は面白そうに笑うと、

「何?物足りなかった?」

と言って、彩芽の髪に触れた。


彩芽は何度も首を横に振ったが、拓海は彩芽の首筋に手を移動させた。



「…っ!」


そのことに彩芽は驚いてビクッと身体を反応させたが、拓海はお構いなしに彩芽の身体に指を這わせた。



その指が徐々に首筋から下へと下がっていき、胸の辺りで止まると着ていたブラウスのボタンに手がかかった。




「…っ!!な、だ、ダメっ!!!」


彩芽がそう口にしながら両手で拓海を押し退けると、今度はあっさりと拓海が身を引いた。





「冗談に決まってんだろ」

「は…い…?」



その言葉でまたしてもからかわれていたことに気づいた彩芽は、これでもかという程顔を真っ赤にさせた。




そして、拓海に対して反論しようとしたが、拓海はすぐにベッドから離れテーブルに置いてあったプリントを手にして未だにベッドに座っている彩芽に渡した。



「ここにこの寮でのルールが書かれてあるから、しっかり確認しとけ」


その後、今度はスーツのポケットから鍵を取り出すと、

「それと、これがこの部屋の鍵。失くすんじゃねえぞ」

と言って、彩芽に手渡した。



突然事務連絡を始めた拓海についていけず、彩芽はしばらくポカーンとしていた。


そのため、拓海がどのような話をしたのかも彩芽の耳には届いていなかった。



さらに、拓海が部屋を出ていったのすら、彩芽は気づかなかった。











いつまでもドキドキと煩い心臓の音。



頭の中では先程の光景が延々とリピートされていた。




そして、思い出す度に紅潮する頬。





それらを拭い去るために、彩芽は大きく首を横に振った。



(私…こんな所でやっていけるのかな…)




建物自体は他にはない程魅力的だったが、管理人が拓海のような人物だと分かると不安は拭い去れなかった。


しかし、今すぐに父に連絡することもできないし、転校の手続きまで済ませているため今更ここから出ていくのはかなり困難だと感じた。



「大丈夫…だよね」


自分に言い聞かせるように、彩芽は何度もそう口にした。





そんな中、ふと先程拓海が手当てしてくれた右肘に目がいった。



(…それに、そんなに悪い人じゃない気もするし)


そう思いながら、彩芽の頭の中には先程見せた拓海の優しい瞳が浮かんでいた。



自分をからかうために見せた嘘の表情なのかもしれないが、今は拓海の優しさを信じたかった。









(よしっ。とりあえず、気分転換に荷物の整理しちゃおう!)



そう意気込んでベッドから下りた彩芽だったが、その瞬間先程のキスシーンが頭を過ったため、崩れ落ちるように床に座り込んだ。




(…そういえば、私…)


震える手で唇を押さえる彩芽。





(もしかして、…あれが、私のファーストキスっ!?)



大変重要なことを思い出した彩芽は、その場で肩を落とした。




そして、これまで夢見ていたファーストキスへの憧れが音を立てて崩れ去っていったのだった。



(私の…ファーストキス…)





そのショックはかなり大きく、しばらくその場から動けない彩芽だった。




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