アイバナ
 野菜を切る包丁のリズミカルな音が聞こえてきて、どうしようもなくあの二人の姿が浮かぶ。

 恋しいという気持ちより、一昨日から引き摺り続けている劣等感や疎外感の方が大きい。

 そんな汚い自分の感情に飽き飽きしながら待てば、数分でお盆に載った食事が出てきた。


「これで足りるかな?少なかったらごめん」


 そう言って出された食事、その量は朝食にしてはなかなかの量だった。これで不足の方を気にするとは、男と女の胃袋の容量の違いは分かっていないのだろう。

 刻まれ混ざった野菜には、シーザーサラダドレッシングが掛かっていた。偶然だと分かっていても、少し嬉しくなる。

 そう、偶然だと思っていた。この瞬間、までは。


「シーザー、好きだったよね?」


 僅かに綻んだ筈の顔が、きつく強張るのを感じた。

 こんな部屋に居ながらそういえば、と言うのもどうかと思うけれど、この人は私の、所謂ストーカーと言うものだったのだ。

 いや、それにしたって知り得る機会があったものか。


「その表情いいな…ちょっとそのままでいて」


 壁際の棚の引き出しを漁る彼。そのままでと言われても意識して保てる表情ではない。どうしたものかと様子を窺えば、その手でカメラを取り出した。

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