真夜中プリズム

「おまえがそう思えるようになったんならいいことだよ。志藤の力にもなるだろうさ」

「……あたしには、なんにもできないですけどね」

「あいつにとっての目標がおまえなんだ。だからおまえはさ、凛と立って、背中見せててくれりゃそれでいいんだよ」


高良先生がいつもみたいに、目を細めて笑いながら言った。

……できるかな、そんなこと。難しいよね、だってあたしはもうさゆきが憧れてくれたあたしじゃないんだ。

エーススプリンター。さゆきが憧れて一生懸命に背中を追っていたあたしは常にその名前を背負っていた。


自分で言うのもなんだけど、ふさわしかったとは思う。エースの名前、まわりからの期待、後輩からの羨望、そんなものを背負った人であること。


でも、今のあたしはどう? もう1年前のようには到底走れない。さゆきとだって勝負にもならない。みんなの期待も信頼も裏切って、自分の夢すら諦めた。

こんなあたしにね、誰かの前に立つ資格なんてないと思うんだ。ないって、思ってたんだよ。


でもね、なんだか今ならできそうな気もしてるんだ。今の、こんなあたしでも。

そう、立つくらいなら。立ち上がるくらいなら。そうして前、向くくらいなら。


「……なあ篠崎、実はな、おまえには内緒にしてたんだけど」


ふと高良先生が呟いた。先生を見上げると、先生はちょっと苦笑いをして、ふっと小さく息を吐いた。


「実は真夏な、おまえのこと、屋上でおまえに会う前から知ってたんだ」

「え? うそ……真夏くん、そんなこと言ってなかったですよ」

「だろうな。あいつあれで照れ屋なところあるから」


驚いた。そんな、真夏くんがあたしのことを知ってたなんて。

でも、どこで? 部活に入るまでは真夏くんとなんて関わりなかったし、話すどころか間近で見かけることすらそうそうなかったくらいだけどな。

目立ったこともしてない。新入生が入る頃にはあたしのことを話題にする人なんていなくなってたし。もちろん真夏くんみたいにキャーキャーさわがれて有名なんてこともない。

大勢の中に紛れているようなやつだよ。あたしは、誰かの目につくような人じゃないけど。

真夏くん、あたしをどこで。
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