I love you に代わる言葉
03話 感情の名~カンジョウ ノ ナ~
「――おい、日生」


 二限目が終わり、三限目が始まるまでにある十分の休憩時、不意に名を呼ばれた。
 頬杖を付いて窓の外を眺めていたボクは、顔を上げて呼んだそいつの顔を見た。
 ああ、今井か。金色に近い短髪が特徴のこいつ。こいつはボクとおねーさんが初めて会った日、煌宝へ向かう前に一緒に居た奴だ。煌宝で万引きした際見付かったあのバカさ。まぁボクも知られていたけどね。そういえば何故おねーさんが知っていたのかまだ理由を知らないな。
「お前、煌宝の店員と仲良くなったのか?」
「は? 何さいきなり」
 思い掛けない質問に眉根を寄せる。
「お前が煌宝の若い女店員と親しげに話してるのを見たって奴がいんだよ」
「そんな事言ったのどこのどいつさ。連れてきなよ」
「い、いや違う……間違えた。う、噂だよ噂」
 冷たく睨み付けると、目の前のこいつは顔を引き攣らせ明らかに嘘くさい事を言った。
「……ふーん。ま、どっちにしろアンタには関係の無い事さ」
 ボクは立ち上がり机の横に引っ掛けられた大して重みのない鞄を手に取ると、それを肩に掛け今井の横を無言で通り過ぎる。
「あ、おいっ! 何処行くんだよ!?」
 予想外の行動に慌てた今井は若干怯えた視線をボクに向ける。滑稽だ。ボクが怖いなら話し掛けなければいいのに。
「帰る」
 一言そう言い残してこの場から去ろうと一歩踏み出したが、
「――お前、その店員に惚れたんじゃないのか? 結構美人だって聞いたからな」
 背後から聞こえたその言葉に足を止める。振り返って今井の顔を見ると、勝ち誇った様な笑みを浮かべている。普段こいつはボクに何も言えずにいる。ボクと喧嘩して負けた訳でもないのに、ボクに強く言えないでいる。弱者が強者の弱みを握ったとでも思ったのだろうか。それでボクがアンタに屈するとでも。
 ボクは自分より背の高い今井を下目に見やり冷笑を浮かべた。
「――二度と利けない口にして欲しいの?」
 ぐっ、と言葉に詰まる今井が映る。そんな滑稽な姿を数秒見つめた後、今井を置き去りにボクは教室を出た。



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