I love you に代わる言葉
08話 群青の焔~グンジョウ ノ ホムラ~
 今井と別れ、黄昏が迫る頃、家へと到着した。
 それからすぐに部屋着である黒いジャージに着替え、高級感の欠片も無いベッドへ腰掛けた。
 この空間だけは、いついかなる時も変化を見せず、薄暗いまま。此処に光など無くて、それが差す日さえも、きっと来ないだろう。
 こんな場所になど、本当は帰りたくない。だけどボクが帰る場所は此処しかない。
 つと顔を上げ、古い木棚の上にあるアメシストを見た。
 窓から差し込む朱色と藍色がそれを照らして、紫色と混ざり合う。瞳に映るそれは、黄昏から宵へと変化するまでを描いた様な、何とも憂いを帯びた色に見えた。それはそれで、綺麗と表現出来る代物ではあったが。
 徐に立ち上がって、そっとそれに触れてみた。眺める事は両手に余る程にあったが、こうして触れたのは「あれ」以来じゃないだろうか。
 こいつも生涯この姿を変える事はないだろう。いや、おねーさんの話だと、こうして結晶がこの姿に生成されるまでに、何百万年というとてつもない歳月を費やすらしい。だから最終形態であるこの美しさは、そうした歳月が齎したもの。美も醜も内包した光。世界の宝物(ほうもつ)。だからこいつは変わらないんじゃない。もう変わる必要の無くなったもの。その歳月は苦しみそのものだったのだろうか。
 こいつはボクとおねーさんとを繋げたたった一筋の光なのかも知れない。それは針穴から差し込んだかに思える程、酷く小さく細い線の光でしかないけれど。
 そこまで思考し気付く。
 ポカポカと温かくなる感覚を自分が覚えている事に。そして口元に少し、ほんの少しだけ、笑みが作られている事に。
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