STOP
第13話
いよいよ1週間後に対抗戦が迫った。
組み合わせは既に決まっている。
緑丘中の1回戦の相手は、県大会ベスト4の葉山中 ― 強豪だ。
しかしその後の組み合わせは悪くない。
1回戦さえ勝ち抜けば、決勝まで行ける可能性は十分にあった。

葉山中とはこの1年間対戦したことはなかった。
不安はあったが、葉山中にとっても緑丘中は未知の相手だ。
しかも近年良い成績を残していないので、もしかしたらなめてかかってくるかもしれない。
その心の隙をついて先制点をとれば十分に勝てるというのが、チームの共通した意見だった。

ディフェンスは和人を中心に安定していたので、練習の中心は攻撃だった。
ただ、英だけはその練習内容に不満を隠せずにいた。
確かにディフェンス力は高いレベルにある。
ディフェンダーはこの一年間不動のメンバーで、オフサイドトラップをかけるタイミングは絶妙だった。
しかし、その不動のメンバーの一人でも欠けたら、自慢の連携は崩れ去るだろう。
英の心配はそこだった。
そうならないためにも、誰が欠場しても大丈夫なように控えのメンバーを入れて練習しておくべきだと、顧問の楠田に何度か進言した。
だが楠田は、それを否定しないものの練習内容を変えようとはしなかった。
英の急激な”進化”で攻撃の幅が格段に広がったため、攻撃の練習に重点を置くようになっていた。

仕方なく英は練習時間の前と後に、毎日少しずつディフェンスの練習を桑田にさせた。
オフサイドトラップのタイミングは実戦で覚えていくしかないため、対抗戦では使うことはできない。
マークの仕方、他の選手のフォローなど基本的な練習の繰り返しだった。

「へぇ~、かなりサマになってきたじゃないか、桑田。」
いつものように部活の後に英と特訓していた桑田に向かって、着替えを終えた和人が声をかけた。
「そうですか?橘さんに言われると自信がつくなあ。」
「俺だって同じことを最近言ってるぞ。俺の言葉はあてにならねえってことか?」
英が桑田をにらんだ。
「そんなことはないです。ただ、橘さんはディフェンスの要だから、その…。」
「わかってるって、冗談だよ。まじめなところは和人にそっくりだな。」
英が桑田の頭をぽんと叩いて、笑いながら言った。
「でも英、その左サイドバックは澤田のポジションだぞ。頑丈な澤田がけがをするってのはほとんど考えられないけどな。」
「引っ込むのは澤田とは限らないさ。和人がけがをするかもしれない。そうすると和人のところに澤田が入って、澤田のところに桑田が入るってわけだ。」
「ふうん、何だか英って監督みたいになってきたなあ。前はそんなこと考えもしなかったくせに。」
「…おれも成長してるってことよ。よし桑田、今日はここまでだ。」

英が制服に着替えるのを待っていると、前川徹也が部室の前を通りかかった。
「毎日毎日よく練習なんかやってられるな。汗臭いぞ和人。」
「お前こそこんな時間まで何やってたんだよ。」
「俺か?俺は図書室でお勉強だ。」
「なんだ、マンガか。もったいないな、徹也の運動神経なら何やってもすぐレギュラーになれるのに。」
「マンガって決めつけるなよ、否定しないけど。まあスポーツは好きだ、特に球技は。でも過酷な練習は俺には向いてない。ところでどうだよサッカー部の調子は。」
「うわさは聞いてるだろ?葉山中にだって勝ちそうな勢いだ。」
「英がすごいんだってな。聞いたか?あいつこの前の実力テスト、1教科も赤点がないんだぜ。あの英がだぞ。」
ごほん、という声がして徹也が振り向くと、そこには英がサッカーボールを持って立っていた。
「あの英がどうしたって?赤点がないくらいで騒ぐなよ。おれは西城に行くつもりだからな。」
「…」
和人と徹也があっけにとられた。
「西城だって?お前自分のことわかってるのか?お前は園山英だぞ。学年で成績ワースト1の!」
徹也が大きな声を出した。
西城とは県立西城高校のことで、県内でも学力がベスト10に入る進学校だ。
英の今の学力では、まず合格することはできない。
「まあ見てろって。」
英が自信満々で言うと、徹也が、
「和人、騙されるなよ。そんな無謀なことするわけないじゃないか。他の誰が西城を受かっても英だけは受かんねえんだから。」
と、ニヤニヤしながら和人に言った。
だが、和人はそうは思っていなかった。
(おそらく英は本当に西城に合格する。)
根拠は全くなかったが、なんとなく和人はそう思っていた。
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