【短編】失恋した次の瞬間には壁ドンされてました。
状況が状況なだけに、手放しかけた意識を必死に働かせて、現実について考える。
いや、はたしてこれは現実なのだろうかと、彼女は疑った。

じりじりと追いやられた末、背中には既に壁。自らを覆う大きな手。目の前には、恐らく隣のクラスだろうが、廊下ですれ違う程度の記憶しかない顔。
すごく、近い。
これではまるで

「壁ドン、ですよね」
「ときめかない?」
「ときめくもなにも」

今この方そのときめきを無くしたばかりだ、とは言えなかった。
代わりにというように彼は、優しく微笑んだ。

「ああ、そうだね、分かってるよ。そして、ごめんけど俺は、この時を待ってた」
「なん、で」
「瑞希ちゃんのことが好きだから」

瑞希の質問に彼は、なんの躊躇いもなく答える。
こっちは名前すら分からないというのに、この人は何を言っているのだろう、なぜ名前を知っているのだろうと、彼の頭が不安になった。

「それこそ、わからないんですが」
「一目惚れってやつだよ」
「なるほど」

実際にはまったく理解できなかったのだが、この体制で下手なこと言ったらなにが起きるか分からないと防衛策をとる。

もうお分かりだろうか。一度は手放しかけた瑞希の意識は戻るどころか急速に回転を始めている。振られたことを忘れるとまではいかなかったが、少なくとも目の前で起きていることのほうに頭を使うことにはなっている。
おかしいことこの上ない。

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