*悪役オムニバス*【短編集】
餡饅は口にしたことはなかったが、かすかに鼻をくすぐる甘い匂いが、食欲をそそった。
腕で顔を隠していても、目の前にあるのが甘くて美味しいものだということはすぐにわかる。
嶺子は顔を隠すのも忘れて、さっと餡饅を受け取った。
もそ、もそ、もそ、と。
甘いそれを何度も咀嚼して、嶺子は喉を鳴らした。
「……」
やっちゃった。
嶺子は少女の前に、その不気味な顔を晒したまま肩をすぼめた。
顔が露わになったいま、もはや僕は化け物ですと言っているようなものである。
誹られ、彼女が逃げて行くのを覚悟して、嶺子は少女の眼を見つめた。
「……ありがとう」
ぼそりと礼を言う。
『気持ち悪っ』
公園で投げつけられた言葉を想起する。
内心では、怯えていた。
しかし嶺子は、少女のつぶらな瞳から目をそらさず、じっと返答を待っていた。
すると、
「どーいたしまして!」
少女は依然けろっとして、自身も口に餡饅を運んだ。
口いっぱいにそれを頬張り、嶺子の隣に腰を落とす。
「すぐ近くのコンビニのなんだけどね、めっちゃ美味しいの。
いつも買うんだよ」
少女はそう笑った。
黒い瞳で、嶺子の緑の瞳を見つめ返して、だ。
嶺子は想定外の出来事に、目を瞬かせた。
「なんとも、ないの?」
「なにが?」
唖然として問いかけた嶺子に対し、少女はどこか抜けた表情で聞き返す。
「だって、その、肌とか……目とか……」
口ごもる嶺子を、少女はじっと眺めた。
「その……変な色で……気持ち悪く、ないの?」
「ぜんぜん?」
少女は小首を傾げて見せた。
「ていうか、羨ましい。
羽根つきで墨塗られても、それなら平気だし。
私は目立っちゃうから、羽根つきの後はいつも顔洗うんだよ」
少女は顔をこする。
目を凝らせば、ほの頬にはわずかに黒い線が走っていた。
「でも……僕は……」
ちょっと噛んだだけで、大人を大怪我させられるんだよ。
ちょっと強く握っただけで、木を折っちゃうんだよ。
嶺子は震える声で言った。
それなのに、少女はまるで怖がる様子もなく、じっと嶺子の言葉にうなづくだけだった。
「私もだよ」
少女は優しく笑った。