私は彼に愛されているらしい
乗り込んだ反対側の扉へ誘われ、そのままの流れで竹内くんは手を離してしまった。

良かった、そう思ったのと同時に物足りなさも感じて戸惑ってしまう。

「次で降りますよ。」

さっきから聞いてばかりで返事すら出来ていないのに竹内くんは全く気にしていないようだった。私は相槌さえもうっていないのに。

…顔を見てもいないのに。

なんだか申し訳なく思い、私は盗み見るように視線を上げてみた。竹内くんは私が向かい合っている扉を背にまっすぐ前を見ている。

綺麗な横顔だなってそう思った。骨格もそうだけどその雰囲気だけで男らしさを感じる、当然の様に知っていたけど竹内くんは男の人。そんなの分かりきっている。

でも一人の男性としてこんなに強く意識したのは初めてだ。

顎のラインも、存在感のある喉仏も、しっかりとした首回りも、さっき触れた手もそうだ。竹内くんの全てが男の人だということを示している事にやっと気が付いた。

竹内くんは男の人だったんだ。

「もう着きますよ。」

低く密やかな声で教えてくれる、そんな仕草に色気を感じてしまって私は思わず視線を泳がせた。

そして電車が次の駅に停まり竹内くんはまた私の手を取って進みだす、もう平常心ではいられなかった。

「ねえ、どこに行くの?」

「お酒の美味しいお店です。ちゃんと飯も食えるんで心配ないですよ。」

「居酒屋?」

「あー似たようなもんかな?」

大きい総合駅に隣接したビルへと向かう。確かにここでは色んな飲食店があって予約なしの食事でもありつけそうだ。

エレベーターに乗り込みレストラン街となっている12Fを押して重力に逆らいながら登っていく。上の方に表示されている階数を眺めてしまうのは何故だろうとか考えている内に目的の階に着いたようだった。

イタリアン、和食、中華、鉄板焼き、ずらりと並んだ店舗はどれも高級感を漂わせるもので自然と身構えてしまう。だってこの前の話だと今回は私がご馳走することになっている筈だ。

< 50 / 138 >

この作品をシェア

pagetop