女子高校生の友情の話をしよう
二棟西側の非常階段は穴場だ。


先生も来ないし、ヤンキーのたまり場にもなっていない。


ここから見る空は近い。


まるで青いカーテン。


あ、今私、詩人みたいなこと言った。


「なぁずな、やっぱここいた」


ふいに背後から聞こえた声に、わたしはさして驚きもなく振り返った。


「由美子……」


授業を抜け出してきたのだろう。


きつくつり上がった瞳が、今は気遣うように眇められている。


何かがこみ上げてきて、私は息もつかずにまくし立てた。


「由美子は超良いやつだよ。優しいし優しいしちょい馬鹿だけど気遣いの人だし他人のことばっか考えてんのもアホなのとか時々思うけどでも言ってみれば美徳だしつーか由美子超いいやつ!」


「お、おう……どうしたよ」


私の剣幕に押されたのか由美子は一歩後ずさる。


せき止められていたものが溢れるように、ぼろぼろと涙が頬を伝う。


「最悪だよ、あんたのこと何にも分かってないやつらにあんたのこと語って欲しくない。由美子は良いやつなのに」


ああ、だめだ。


なにしてんだ私。


なに由美子の悪口言ってるやつがいたこと由美子に暴露してんだ。


最悪だ、由美子のこと庇いもしなかった。


私、最悪だ。


「……わたしからすればあんたのが優しいけどね」


ぽんぽんと頭を叩かれて、涙でぼんやりした視界の中に由美子をとらえる。



「なずなは優しい。普通そんな風に人のためになんか泣けないよ。……わたしなんか、大好きな人の幸せのために、笑顔すら見せられない。せいぜいかげで悪口言うのが関の山。真っ向からは向かって行けない卑怯者」


私は必死に首を横に振った。


由美子は卑怯なんじゃない。


優しいから、人を本当には傷つけられないんだ。


昔からそうなのだ。


見た目はきついし口も悪いからうがった目で見られるけれど、誰よりも人のことを想ってる。


私は知っている。由美子が良いやつだってこと。


「由美子はっ、いいやつだから、絶対幸せになんなきゃだめなんだ!」


「しあわせだよぉ、今も十分」


ふいに由美子がくすくす笑いはじめた。


「もぉ、なずな大げさ。大丈夫だよ、たった一回のしょうもない失恋ごときで、人生悲観したりしないから」


くすくすと笑いながら、由美子は私の肩に腕をまわし、そっともたれかかってきた。


「なずながいてくれるから、苦しいときも悲しいときも、わたしは幸せなんだよ」


やわらかい声音。


「由美子……」


「ん?」


「あんた今、まじカッコ良かったわ」


「ぷっ、なにそれ」


さっきのお上品なくすくす笑いとは対照的な豪快な笑い声が階段の天井に響く。


「いや、今のはやばかったわ。由美子イケメン」


「でしょー、わたしそっち路線目指そうかな」


「おう、あんたならいける。宇宙めざせる」


あー、空が青い。


なんでこんなに青いんでしょうね。


わたしと由美子は、どちらともなく手を繋いで、壁にもたれかかった。


「ねぇ、なずな」


「なぁに、由美子」


「男なんてどこにでもいんよね」


「いるいる、古池よりいい男なんていっぱいいるよ」


水野さんと付き合い始めてから、私が由美子の前で古池の名前を出したのは初めてだった。


「だよねぇ、うちら若いしね」


「そうそう、未来は明るいよ」


うん、未来は明るい。


チャイムの音が学校中に響いた。


ガタガタと席を立つ音が聴こえる。


今日はもうさぼっちゃう?


うん、さぼっちゃえ。


どちらともなく顔を見合わせ、笑いあった。
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