腐女子vs芸能マネージャー
腐女子が乙女に変わるまで・一日目

 夏、と言えば海だ祭りだなんて言い出したのは誰だったかしら。

 毎年ショッピングセンターにところ狭しと飾られる色とりどりのかわい~い水着。いか焼き・たこ焼き・カラーソーダーに焼きとうもろこし。世の女の子ならワクワクして飛び付きそうなそんな撒き餌だってあたしら一部女子にとってはアウト・オブ・眼中だったりするわけ。

 まぁあたし、近衛円だって別に夏の催しが嫌いって訳じゃないの。どちらかと言えば好きよ。けどあたしが好きなのはどちらかと言えば山より海で、海より市民プールなんだけど……。



 夏。七月最終の日曜日。

 この日あたしは近くの市民プールに来ていた。市民と言っても、飛び込み台もあるし滑り台つきプールもあるし、大きな宿泊施設やレストラン街も併設されてる大きな場所だけど。


「いいわぁいいわぁ。ほら、もっと近くによりなさいよ! ほらっ早く!!」


 真っ赤な太陽がギラギラと輝く青空の下で響く叫びにも似たあたしの声。そんなあたしの視線の先には今巷で人気急上昇中のアイドルグループが新しく出来たアトラクションプールの前で写真撮影をしていた。

 アイドルグループの名前はSAGIN。下は9歳から上は18歳で構成された五人組の男の子歌手グループだ。

 何でそんな奴らが市民プールにいるのかと言えば、最近この施設の宣伝モデルに選ばれたからだとか。今日はその宣伝ポスターの撮影兼ねてのファンイベントを行っているのだ。

 水着姿の彼らがカメラを前に思い思い通りのポーズをとれば、辺りを囲うように出来た人垣から格好いいだのメンバーの名前を叫ぶ黄色い悲鳴が響き渡った。

 その中で彼女らに便乗したあたしの叫びはこれた。


「ちょっともっとひっつきなさいよ! ああんっもうシーナはトナミじゃなくて悠太でしょ! ってか樹は蘭じゃなくてトナミでしょーっ?」


 明らかに回りから逸したその叫びに、あたりの御姉様方は退いていた。いいえ! いいのよそれでもいいの。あたしはあたしの楽しみかたをしてるだけだもの。


「キャーッちょっと悠太今シーナにほっぺチューしたでしょ! あたし今見たんだから! でもダメよ、悠太は受けじゃなきゃダメよダメなのよーぅ!」

「なに真っ昼間から公衆の面前で訳わからん事いってんだ!」


 そんな言葉と共に降り落ちた拳骨に、あたしは「いったぁい!」なんて批難の声をあげながら誰よと後ろを振り向く。

 拳骨をかましてきた張本人が誰かと認識した瞬間「あ」と口端がひきつる。


「あ、あらぁ貴文くんじゃなぁい。久しぶりね」

「相変わらずの恥女っぷりだな近衛。しかも人ン家のタレントオカズにしやがって」

「オカズ!! いやんいいワードだわね。オカズですって!」

「そっちのオカズじゃねー!」


 スパァンッ! とあたしの頭で小気味良い音を出したのはハリセン。どこから出したかってのはこの際聞かないけど結構痛いのよそれ。

 
「ったぁ……信じらんない女の子の頭を二発も叩くなんて。それでもあんた男なの?」


 あたしが貴文と呼んだこの茶髪の少年は同じ学校のクラスメートの臼杵貴文。そしてそしてSAGINの所属する芸能事務所Meetingの現役高校生社長だったりするのだ。

 高校生が芸能事務所の社長? なんてどこぞの漫画みたいな話だけどこれリアルな話。まぁ元はご両親が経営してたらしいんだけど、今は訳あって貴文が運営業務をしているんだとか。


「お前には自重って言葉がないのか? 口を開けばやれ誰が受けだ攻めだなんて放送コードたっぷりの台詞ばっか吐きやがって」

「あら、人の趣味をとやかく言われる筋合いはないわね。イケメンが視界に入れば頭の中に妄想世界が広がるってゆう特異な体質なのよあたしは」

「だからってあいつらのファンイベントをやってる最中に大声で叫ぶことじゃねっだろ。恥を知れ恥を。これだから腐った女子は」

「はん! 腐女子ですがなにか? 女の子とイチャイチャしてるより男同士でイチャイチャしてる方が好きな腐った女子ですがな・に・か?」

「開き直るなよ……」


 はぁ、と呆れの溜め息をもらす貴文を横目でじとりと見上げながらフンッと鼻息を荒くふきだした。

 そう、あたしは腐女子。男女のあまぁい恋愛も別に嫌いじゃないんだけど、男同士の切ない恋の方が好きなのよね。性別を越えた恋愛、なんって素敵なのかしら。

 今日このファンイベントに来たのだって別にSAGINのファンだからじゃなく、ただイケメンが上半身裸でイチャコラする姿が見たかっただけ。


「まぁまだ蘭以外はひなっちょろい子供ってのがちょっと残念だけど、目の保養にはなるし。ふふ、やっぱり今回の新作は年下攻めの無邪気受けで決定ね。コンセプトは幼馴染みで下剋上。ふふ、ふふふふ」


 既に頭の中でプロットとは仮の妄想世界が作り始められた時

「また貴女ですか近衛さん」

 溜め息混じりに呼ばれた名前に、あたしははっと貴文のいる場所とは反対の方向へと視線を向けた。

 そこにはこの暑苦しい中ビシッと紺色のスーツで身をつつみ、今時古くさい黒渕眼鏡をかけた青年が立っていた。

 出たわね櫻木美月!!

 猫が威嚇するようにフシャー! と顔をしかめたあたしに、彼は困った様な微笑みを見せる。


「イベント開始前にも申し上げましたが、本日は公開撮影の間ファンの方の個人での写真撮影はお断りしていたはずですよ。貴女、さっき堂々と撮影していたでしょ」

「なんの事かしら?」


 後ろ手でデジカメを隠しながら、ツンッとそっぽを向いた。


「ファンの方々にはこの後握手会での撮影のみ許可をしています。さ、そのデジカメを渡して下さい」

「嫌よ! これはあたしの大事な資料なの。誰が渡すもん……っ」


 ですか、と言い切る前に、デジカメは後ろにいた貴文に取り上げられてしまう。

 あ! と振り向くと、眉根を寄せ明らかに怒り顔の貴文と視線がまじわる。


「お前ね。いくらあいつらの身内だからってもやって良い事と悪い事の区別くらいつけろ」

「う……ご、ごめんなさい」


 そう、実はSAGINのメンバーは全員知り合いだったりする。リーダーの蘭は幼稚園からの腐れ縁だし、悠太はもう一人の幼馴染みの弟。樹は親友の弟だし、トナミとシーナはその樹とは幼馴染み。


「厳しい様ですがここで貴女を見逃したら後々会社として面倒になります。堪えて下さいね」


 なんて言いながら頭を撫でられたらそれ以上何も言えなくて……。

 うう、新刊の資料……。

 そう泣き寝入るしかなかった。

 
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