天然ダイヤとイミテーション・ビューティー ~宝石王子とあたしの秘密~
「えー、だって今どき筆を使う機会なんて無いのに」

「あるわよ。冠婚葬祭の芳名帳に記帳する時、筆しか置いてない所が結構あるんだから」

「ほーめーちょー?」

「これから結婚式や通夜葬式に出る機会も増えるでしょ? 今のうちに練習しときなさい」


 芳名帳かぁ。なるほどそれは考え付かなかった。

 いざという時に恥をかかないために練習しておかなきゃいけないな。うん。

 ていうか、すでに現在かいてるけど。恥。


 新人への心配りか、あたし達への割り当て分は少なかった。

 それでもどうしてもベテランさん達に比べると時間がかかってしまう。

 仕事が終わった時は、本物の毛筆をサラサラと走らせて大量の宛名書きを捌く栄子主任と、ほぼ同時刻だった。


「ご苦労様。今日は私がカギ当番だから、二人とも先に帰っていいわよ」

「はーい。お疲れ様でしたー」

「お疲れ様でした。栄子主任」


 頭を下げて挨拶し、裏口へ回る。

 その時ケースの中にディスプレイされているダイヤモンドの輝きが目に入った。


『ファセットカット』

 角度の違う、たくさんの小さな切子面を、幾何学的に組み合わせたカットの名称。

 中でも、ダイヤモンドの代名詞のように有名な『ブリリアントカット』による全反射が、あの特有の眩いキラキラを生み出している。


ダイヤモンドは傷付かない、か。


あたしは詩織ちゃんに手を振って挨拶し、店を後にした。

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