天然ダイヤとイミテーション・ビューティー ~宝石王子とあたしの秘密~
 本当は、まだ新人の私たち以外にも誰かがお店にいないとダメなんだけど、まぁいいか。もう営業終了まで五分切ったし。
 まさか、たった五分間で宝石を衝動買いしようなんて変わり者の客もいないでしょ。

 店内に流れる、営業時間終了を匂わせるクラシックのメロディーに合わせて、詩織ちゃんが鼻歌を歌いながらシャッターを閉めようと扉に近づいた、そのとき。

「ああ良かった! 間に合ったわ!」

 ひとりの中年女性が店内に飛び込んできた。
 ゲッ、変わり者?
 女性は店中に漂う閉店の雰囲気をものともせずに、ツカツカと近づいて来る。

「まだ時間大丈夫よね?」

 ショーケースの上にバッグをドサッと置く女性客の勢いに飲まれて、私は目をパチパチ瞬かせた。
 ど、どうしよう。もう終了時間だし、主任はいないし。
 まさか「いつになるか分からないけど、主任がトイレから出てくるのを待ってくれ」って言うわけにもいかないし。
 ここはやっぱり丁寧にお断りを……。

「申し訳ありませんが、本日の営業時間……」
「ちょっとお願いしたいのよねぇ、これなんだけど」

 お断りを、できなかった。
 女性は私の言葉を無視して、ヴィトンのバッグから高級感のあるスエード地のジュエリーケースを取り出し、蓋を開ける。
 その中には美しいエメラルドの指輪が入っていた。
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