天然ダイヤとイミテーション・ビューティー ~宝石王子とあたしの秘密~
 まだ新人のあたし達が、お客様のお相手をする事は許されていない。

 だから本当はあたしと詩織ちゃん以外にも、誰かがお店にいないとダメなんだけど。

 まぁいいか。もう営業終了まで五分切ったし。

 まさか、たった五分間で宝石を衝動買いしようなんて変わり者の客もいないでしょ。


 店内に流れる、営業時間終了を匂わせるクラシックのメロディー。

 詩織ちゃんが曲に合わせて鼻歌を歌いながら、シャッターを閉めようと扉に近づいた、その時。


 ――バターン!

「ああ良かった! 間に合ったわ!」


 突然、ひとりの中年女性が店内に飛び込んできた。

 げ、変わり者?

 女性は店内中に漂う本日閉店の雰囲気をものともせずに、ツカツカと近づいて来る。


「まだ時間大丈夫よね?」

 そう言ってショーケースの上にバッグをドサッと置く女性客の勢いに飲まれて、あたしは目をパチパチ瞬かせる。

 ど、どうしよう。もう終了時間だし、主任はいないし。

 まさか「いつになるか分からないけど、主任がトイレから出てくるのを待ってくれ」って言うわけにもいかないし。

 ここはやっぱり丁寧にお断りを……。


「申し訳ありませんが、本日の営業時間……」

「ちょっとお願いしたいのよねぇ、これなんだけど」


 お断りを、できなかった。

 女性はあたしの言葉を無視して、ヴィトンから高級感のあるスエード地のジュエリーケースを取り出し、蓋を開ける。

 中には美しいエメラルドの指輪が入っていた。
< 38 / 187 >

この作品をシェア

pagetop