秘密が始まっちゃいました。
この業界は私も含め、文系出身者が半数を占める。営業や、商品知識は難しくとも、後付けで覚えられるからだ。
確かに荒神さんは、有名私大の法学部出身のはず。でも彼に「できない」時代があったなんて、驚きだ。


「おやっさんの工場でさ、講義を受けたり、世間話してると楽しくて。たいてい、奥さんがお茶とおにぎりを作ってきてくれるんだ。奥さんは優しくてさ、そのうち夕飯にも呼ばれるようになって、東京のおやじとおふくろみたいになってた。
転職しても変わらず付き合いがあって、前より忙しい分会えなくはなったけれど、時々遊びに行ってた」


荒神さんがうつむいた。
私はもう話をやめさせたくなっていた。彼にはきっとすごく辛い話だ。


「今年の正月に奥さんの具合が悪いとは聞いたんだ。胃ガンで、ステージ3だって。悪いとこを取れば治るからなんて、奥さんは笑ってたけど、嫌な予感がしたんだ。奥さんは退院してきて2ヶ月もしないうちに病院に戻ったよ。ガンがあちこちに転移してて、もう長くは生きられないんだって、おやっさんが苦しそうに言ってた。俺もお見舞いに行ったりしたけど、どんどん弱っていく奥さんを見るのがつらかったよ。
いよいよって時に、奥さんが一時退院したんだ。最後に家族と過ごすための退院でさ、娘さんたちも呼んで食事会をするから、俺も来てほしいって言われた。でも俺は行けなかった」
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