この幸せをかみしめて
敏三と喜代子には二人の娘があった。
それが麻里子の母親と香奈子の母親だ。
二つ違いで、麻里子の母親が姉で、香奈子の母親が妹だ。
二人とも高校を卒業すると同時に村を出て、そのまま、村には戻ることはなかった。
―農家の子どもだからって、農家をしなきゃならないような、そんな時代じゃないからな。
―ほれ。職業選択の自由ってやつだよぉ。幸せなら、どこで暮らしててもいいって。
敏三も喜代子もそう言って、村を出た娘たちを咎めることはなかった。
けれど、それでいいと言う敏三と喜代子は、どこか寂しげだった。
きっと、それも時代の流れだと、二人はそう割り切って諦めるしかなかったのだろう。
ところがである。
七年ほど前から、香奈子が親元を離れて、この村で暮らすようになった。
この村に住む青年と結婚したのだった。
香奈子が、学生時代の友人の紹介で知り合った石井芳隆(いしい よしたか)は、偶然にもこの村で牧場を経営している家の長男だった。
出会ったときから妙に気が合って、きっと自分はこの人と結婚すると、そう確信したのだと香奈子は言う。
そして、二年の交際を経て芳隆と結婚した香奈子は、芳隆の家族とともにこの村で暮らし、今は家業を手伝っていた。すでに、元気な息子も二人いる。
―朝から晩まで、牛の世話と家事と育児。もう、毎日大変。
肩をすくめてそう言う香奈子の顔は、言葉とは裏腹に幸せそうだった。
芳隆の出身がこの村だということを、香奈子は最初のうちは全く知らず、その事実を知ったときには驚いたと言う。
―まあ、それが縁ってやつだわなあ。
―きっと、香奈子には、この村と繋がっている縁があったんだわ。
―だから、この村に来たんだねえ。
―縁ってもんは、不思議なもんだぁ。
麻里子が祖父母の家で暮らすようになり、挨拶がてら息子を連れて加奈子がやってきた日。
喜代子がしみじみとした声で言ったその言葉を、麻里子は今でも覚えていた。
(私も、なにかしらの縁があって、ここにきたのかな)
(ううん。違うわね。私は、ただただ流されてきただけだわ)
喜代子の言葉に、自分もそうなのかしらと麻里子は期待めいた思いを抱いたが、すぐにそれを自ら打ち消し俯いた。
友人の紹介で知り合った男。
自分も香奈子も、その出会いはほぼ同じ。
けれど、その結末はまるで違う。
香奈子の話を聞きながら、麻里子はため息混じりに、今の自分を笑うしかなかった。
それが麻里子の母親と香奈子の母親だ。
二つ違いで、麻里子の母親が姉で、香奈子の母親が妹だ。
二人とも高校を卒業すると同時に村を出て、そのまま、村には戻ることはなかった。
―農家の子どもだからって、農家をしなきゃならないような、そんな時代じゃないからな。
―ほれ。職業選択の自由ってやつだよぉ。幸せなら、どこで暮らしててもいいって。
敏三も喜代子もそう言って、村を出た娘たちを咎めることはなかった。
けれど、それでいいと言う敏三と喜代子は、どこか寂しげだった。
きっと、それも時代の流れだと、二人はそう割り切って諦めるしかなかったのだろう。
ところがである。
七年ほど前から、香奈子が親元を離れて、この村で暮らすようになった。
この村に住む青年と結婚したのだった。
香奈子が、学生時代の友人の紹介で知り合った石井芳隆(いしい よしたか)は、偶然にもこの村で牧場を経営している家の長男だった。
出会ったときから妙に気が合って、きっと自分はこの人と結婚すると、そう確信したのだと香奈子は言う。
そして、二年の交際を経て芳隆と結婚した香奈子は、芳隆の家族とともにこの村で暮らし、今は家業を手伝っていた。すでに、元気な息子も二人いる。
―朝から晩まで、牛の世話と家事と育児。もう、毎日大変。
肩をすくめてそう言う香奈子の顔は、言葉とは裏腹に幸せそうだった。
芳隆の出身がこの村だということを、香奈子は最初のうちは全く知らず、その事実を知ったときには驚いたと言う。
―まあ、それが縁ってやつだわなあ。
―きっと、香奈子には、この村と繋がっている縁があったんだわ。
―だから、この村に来たんだねえ。
―縁ってもんは、不思議なもんだぁ。
麻里子が祖父母の家で暮らすようになり、挨拶がてら息子を連れて加奈子がやってきた日。
喜代子がしみじみとした声で言ったその言葉を、麻里子は今でも覚えていた。
(私も、なにかしらの縁があって、ここにきたのかな)
(ううん。違うわね。私は、ただただ流されてきただけだわ)
喜代子の言葉に、自分もそうなのかしらと麻里子は期待めいた思いを抱いたが、すぐにそれを自ら打ち消し俯いた。
友人の紹介で知り合った男。
自分も香奈子も、その出会いはほぼ同じ。
けれど、その結末はまるで違う。
香奈子の話を聞きながら、麻里子はため息混じりに、今の自分を笑うしかなかった。