この幸せをかみしめて
アルバイト先の蕎麦屋には、となり町のホームセンターで購入した自転車で通っていた。
雨が強い日などは、畑仕事ができないこともあって、敏三か喜代子が車で送ってくれることもあった。
だが、基本的には、北風の冷たさと戦いながら、麻里子は自転車で通っていた。
敏三の家から蕎麦屋へと向かう道の途中、公園があった。
喜代子によると『昔、国から貰ったふるさとなんちゃら資金とやらで作られた公園』らしい。
だが、麻里子には、そこで遊んだ記憶はなかった。
少し広い河川敷に作られたその公園は、ブランコやシーソー、ジャングルジムといった遊具が一区画にまとめて設置され、空いている場所には手入れされている芝生が張られてグランドになっていた。
その広さは、テニスコート三面分ほどあった。
この村の年寄り皆が、敏三や喜代子のように働いているわけではなかった。
すでに、現役を引退して、隠居生活をしている年寄りたちも大勢いる。
風が緩やかで穏やかな陽気な日には、その年寄りたちがこの公園に集まって、ゲートボールに興じていた。
蕎麦屋に通うようになってからは、天気のいい日はこの公園のベンチに座り、ぼんやりとその光景を眺めながら、温かい缶コーヒーを一本飲んでいくことが、麻里子の日課になった。
今日も、公園で自転車を降りた麻里子は、途中にある自動販売機で買ってきた缶コーヒーを手に、今や指定席となりつつあるベンチを目指した。
しかし、数歩歩いたところで、そのベンチに先客があることに気づき、麻里子の足は止まってしまった。
(あの人、……またいる)
ベンチにゴロリと横たわっているその姿を、麻里子がここで見かけるようになったのは、一ヶ月ほど前からだった。
その足元には、たいてい、缶ビールが転がっていた。
名前は知らない。
年のころは三十前後と思われる男性。
手足が長く、ひょろりとした体型だった。
顔は、一度だけ見たことがあった。
頬から下だけを見れば、そこそこに見られる顔立ちなのだが、頬から上がそれを台無しにしていた。
とにかく、目が垂れているのだ。
目だけが別人のパーツなのでないかと思ってしまうくらい、その顔には似合わない見事なまでのタレ目だった。
残念と言うべきなのか、ご愛嬌と言うべきなのかは判らないが、その目が原因で背負う看板を二枚目から三枚目にされてしまった。
まさに、そんな顔をした男だった。
いい年をして、こんな時間から、ビール片手に暢気に寝転がっている。
多分。
おそらく。
きっと。
自分と同じような暮らしをしている人なのだろう。
麻里子はそう想像していた。
この働き者だらけの村で、そんな生き方は、さぞかし肩身が狭いだろうなあと同情しつつも、どんな場所であっても、自分のようなこんな怠け者はいるんだなあと、ヘンに感心してしまった。
なので、多少の親しみを込めて、麻里子はその男のことを『タレ目のプータ』と、心の中で呼んでいた。
雨が強い日などは、畑仕事ができないこともあって、敏三か喜代子が車で送ってくれることもあった。
だが、基本的には、北風の冷たさと戦いながら、麻里子は自転車で通っていた。
敏三の家から蕎麦屋へと向かう道の途中、公園があった。
喜代子によると『昔、国から貰ったふるさとなんちゃら資金とやらで作られた公園』らしい。
だが、麻里子には、そこで遊んだ記憶はなかった。
少し広い河川敷に作られたその公園は、ブランコやシーソー、ジャングルジムといった遊具が一区画にまとめて設置され、空いている場所には手入れされている芝生が張られてグランドになっていた。
その広さは、テニスコート三面分ほどあった。
この村の年寄り皆が、敏三や喜代子のように働いているわけではなかった。
すでに、現役を引退して、隠居生活をしている年寄りたちも大勢いる。
風が緩やかで穏やかな陽気な日には、その年寄りたちがこの公園に集まって、ゲートボールに興じていた。
蕎麦屋に通うようになってからは、天気のいい日はこの公園のベンチに座り、ぼんやりとその光景を眺めながら、温かい缶コーヒーを一本飲んでいくことが、麻里子の日課になった。
今日も、公園で自転車を降りた麻里子は、途中にある自動販売機で買ってきた缶コーヒーを手に、今や指定席となりつつあるベンチを目指した。
しかし、数歩歩いたところで、そのベンチに先客があることに気づき、麻里子の足は止まってしまった。
(あの人、……またいる)
ベンチにゴロリと横たわっているその姿を、麻里子がここで見かけるようになったのは、一ヶ月ほど前からだった。
その足元には、たいてい、缶ビールが転がっていた。
名前は知らない。
年のころは三十前後と思われる男性。
手足が長く、ひょろりとした体型だった。
顔は、一度だけ見たことがあった。
頬から下だけを見れば、そこそこに見られる顔立ちなのだが、頬から上がそれを台無しにしていた。
とにかく、目が垂れているのだ。
目だけが別人のパーツなのでないかと思ってしまうくらい、その顔には似合わない見事なまでのタレ目だった。
残念と言うべきなのか、ご愛嬌と言うべきなのかは判らないが、その目が原因で背負う看板を二枚目から三枚目にされてしまった。
まさに、そんな顔をした男だった。
いい年をして、こんな時間から、ビール片手に暢気に寝転がっている。
多分。
おそらく。
きっと。
自分と同じような暮らしをしている人なのだろう。
麻里子はそう想像していた。
この働き者だらけの村で、そんな生き方は、さぞかし肩身が狭いだろうなあと同情しつつも、どんな場所であっても、自分のようなこんな怠け者はいるんだなあと、ヘンに感心してしまった。
なので、多少の親しみを込めて、麻里子はその男のことを『タレ目のプータ』と、心の中で呼んでいた。