レディ・リズの冒険あるいは忠実なる執事の受難
「下りてきてください。わたしはそんなところには行けません」
「つまらないな、もう」
 ぷぅと頬を膨らませてエリザベスは幹を伝って下りようとする。足を滑らせて滑り落ちかけたのを、下でパーカーが受け止めた。

「ほら、危ないと言ったでしょう?」
 五歳下の彼女に対して、幼い子どもを諭す口調。エリザベスは彼の首にしがみついて、お小言は聞こえなかったふりをした。
 無茶をすれば、彼はいつだって駆けつけてきてくれる。普段は絶対に手を触れようとはしないのに、こういう時は抱きしめてくれた。

 彼に触れてもらえるのはこういう時だけで――だからあの頃は無茶ばかりしていた。きっと彼は気づいていなかっただろうけれど、たぶんあれはエリザベスにとっては初めての……。

「――お嬢さん――リズお嬢さん」
 ロイの声にエリザベスの意識は現在へと連れ戻される。
「そんなに大事なものなんですか?」
 きっと、他の人にはたいした価値なんてない。エリザベスは一つ大きく息を吸い込んで、静かな声で告げる。
「わたしにとっては、ね」
「……わかりました」

 感心しないと言いたげに首を振りながらも、ロイは折れた。
「練習の時間ください。お嬢さんにそんな顔をさせるわけにはいかないんで、俺、勘を取り戻せないかやってみます。取り戻せなかったら、すみません」
 そう言うと、ロイはエリザベスの手にハンカチを残したまま出ていった。
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