レディ・リズの冒険あるいは忠実なる執事の受難
 ――わかっては、いるのだけれど。
 不意に涙がぽろっと零れたことに、エリザベス自身も驚いた。慌てて手で顔を覆う。
「リズお嬢さん――」
 鼻をぐすぐす言わせているエリザベスに、ロイがそっとハンカチを差し出した。
「ああもう、泣かないでくださいよ。困ったなあ」
「だって――」
「何でそんなに泣くんです?」
 ロイを困らせているのはわかってはいるけれど、上手く説明することができなかった。

「だって、取り戻したいんだもの」
 結局、そう言ってふくれっ面をすることしかできなかった。
「けっこうな値打ちだという彫刻のことですか?」
「そんなものどうだっていいのよ。時計――時計が欲しいの。中にある骨なんかどうだっていいんだから」
「じゃあ、何で屋根裏につっこんどいたんです? 大事なものなら肌身はなさず持っとくもんでしょうがよ」
 ロイの言うことももっともだ。そんなのわかりきっている――大事な物なら、常に身に着けておくべきだったのだ。

「だって――」
 むくれたエリザベスは、ぐしぐしと顔中をハンカチでこすった。後で、目の周りがひどいことになるのもわかっているけれど、かまわなかった。
「……身近に置いておくわけにはいかなかったんだもの」
 記憶を探れば、それほど昔のことではないのに、遠い昔のように思われる。まだ、父がいて、母がいて、この屋敷にタイプライターの音が響くこともなかった頃。

「お嬢様、下りてきてください。木に登るだなんて――」
「あなたも登れば? 気持ちいいわよ、ここ」
 木の枝に腰かけたエリザベスを見上げているのは、まだ少年から青年へ移り変わろうとしている頃のパーカーだ。
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