レディ・リズの冒険あるいは忠実なる執事の受難
 お湯を沸かすところからやっていたのではとうていこんなに短い間に戻ってくるとも思えない。
「あら、ずいぶん早かったのね」
「パーカーさんがお湯沸かしてたので」
「あら、そう」
 エリザベスは苦笑いをうかべた。パーカーにはお見通しだったようだ。彼にはやっぱりかなわない。

 マギーをさがらせ、新しく運ばせた紅茶にたっぷりのミルクを注ぐ。
 林檎のパイを完食する頃には、空腹感も姿を消していた。台所まで皿を下げようと思ったが、それはやめて廊下に出しておくことにした。
 お腹がいっぱいになれば、悲観的な考えも姿を消した。

 仕事部屋から、寝室へと向かう足取りは、先ほどまでとはまるで違う。
「……わたしが時計を諦めるか、諦めないか、だけよ」
 歯を磨き、寝間着に着替えてエリザベスは鏡の前に座る。ブラシを動かして、金髪をときほぐした。艶が出るまでせっせとブラシをかけて、それからベッドに潜り込んだ。
「……やっぱり諦められない」
 正確にいえば、時計は諦めてもいいのだ。

 聖骨だって、盗んだ相手にくれてやってもかまわない。諦められないのは、時計の中におさめてある、写真。ラティーマ大陸に移住する前の幸福だった時代の証。
「でも、さすがにこれ以上、他の人は巻き込めないわね」
 エリザベスは『レクタフォード十五番地』という住所に思いをはせる。

 オルランド公爵の財布の中から探し出したメモの中、すぐにエリザベスが役立てることができそうなのは、あの住所だけだ。
「なるべく早いうちに……該当の場所を探して……」
ああ、その前にダスティの見舞いにも行かなければ。やらなければいけないことはたくさんある。
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