ピアノソナタ〜私がピアノに触れたとき〜
契約
いつもの慌ただしい毎日がやって来る。





学校では笛吹くんと言葉を交わすことはなく

ただの顔見知りのクラスメイトという前の関係と変わりはない。






本日も何事もなく無事に終了するかと思っていたが…。






学校帰りに保育園に寄り、花音を連れて帰宅する毎日だが今日は…


「ぱぱぁ」


「おはよう」


「おはよー」


「おはよう、お父さん 今日は早起きじゃん」


「ああ、今日は休みでたまには夕食を作ろうと買い物に行こうとしてたところなんだ」


「何を作ってくれるの?」


「お好み焼きなんてどうだろう」


「たべたい!」


しゃきしゃきキャベツがたくさん入って、

そのキャベツがしんなりしたところ紅しょうがが乗った 熱々のお好み焼き〜


「いいね」


「たまには3人で買い物に行こうか」


「「うん」」







お好み焼き粉にソース、マヨネーズ、キャベツと その他もろもろ

これで買い求めてた品で忘れ物はないよね。


レジに行こうとしたら


あれ お父さんがいない!



お父さんにお会計してもらおうと思ってたのに!



スーパーの店内をカートを押し、歩きながら見渡すとアルコールコーナーに お父さんの姿を発見!


花音を引き連れ、何やら試飲(しいん)販売をしてる お姉さんと話していた。




やばい!


ちょっと目を離すと これだし!




ダメだ!

間に合わない。




「おお、琴羽」


ビールの350mlの6缶パックを1つ抱え こちらに向かって歩いてきた。



遅かった。



「お父さん、お酒 飲めないのに!」


「いいじゃないか、綺麗な お姉さんと お話が出来たんだ。

かわいい手でビールいかがですか。
って差し出されちゃ断れないだろ」


やっぱり それかい!

むしろ自分から お姉さんに話し掛けに行ったんでしょ。


「お姉さん、オレの顔をじっと見て もしかして あの おじさま ダンディーでステキだわって思ったのかも」


どこかの芸人と同じような妄想はいらないし…。



まったく予想外の出費だよ。


もう お父さんは買い物しないで欲しい。


じゃないと家計が破産しちゃう!



一番手前の笑顔が素敵なパートのお母さんのレジに並ぼうとしたら


「あそこのアルバイトのお姉ちゃんがかわいいから あそこのレジに並ぶぞ」


ええ〜

お会計 出来れば どこでもいいじゃん。


今日の体育の授業、ハードだったんだよ

歩くの めんどいから お父さんに任せよう。




先回りして かごから袋に荷物を入れる台のところで しばし待つこと数分。


「お釣をもらうとき お姉さんのかわいい指が触れたんだ。
もしかしてオレに惚れたのかも」


またしても どこかの芸人と同じような妄想をしていた。



まあ いっか、お父さんの生きる楽しみだし

それがなくなったら生きる張り合いがなくなっちゃう。

ギャンブルやゴルフをするよりは格別に安上がりだし。





ビールがけっこー重い!


明日、きっと筋肉痛になりそう。


なぜかお父さんは荷物を持たない。


自分で荷物 持ちたくないから あたしを買い物に誘ったんだな。


ときたま亭主関白なんだよね。




「おっ、あの若奥さん かわいい!

こっちの お姉さんも美しい!

通り過ぎるコたちがかわいくて目移りしちゃうな」


花音に何を吹き込んでるんだか。



「ぱぱ、あの おねえさん きれいだよ」


花音が余計なことを学習した。


「なにぃ!
綺麗な お姉さんは どこだ!」


と花音の指差す先にいたのは…。



我が家の玄関の前に佇(たたず)む1人の女性の姿が。



年の頃は20〜半ばだろうか


流れるような美しい黒髪を1つに結い

少し大きめのボストンバックを持ち、紺系のロングTシャツにジーパンというシンプルな服装

薄化粧にもかかわらず にじみ出る美しさに言葉を失い


その美貌に ただただ見とれた。


お父さんも口を開けて その美貌に釘付けになっている。



我にかえり、あたしが意を決して


「あの〜 あなたは?」


と尋ねると美女は


「私(わたくし)はある方様から依頼され こちらの青柳様宅に派遣して参りました。

家政婦の律井(りつい)と申します。

よろしくお願い致します」


と深々と綺麗なお辞儀をしたので、それに つられ両手で荷物を持っているので仁王立ちで こちらも軽く会釈を交わした。


「…あ、はい。
こちらこそ よろしくお願いします」


いやいや
ちょっと待てよ…


「って!!
うちには そんなお金ないし!!!」


「ご心配お掛けしなくても結構です。

きちんとお給料は頂いております。

お金がなければ働きませんのであしからず」


…そりゃ そーだわな


笑顔がひきつる。


「玄関の前で立ち話もなんですし、家に入って下さい」


お父さんが満面の笑顔で紳士らしく玄関のドアを引き、律井さんを招き入れた。


「どうぞ、どうぞ」


「失礼いたします」


いろんな疑問が出てくる。


人様の家庭に家政婦を依頼出来るほどの お金持ちの存在。

そして そのお金持ちは なぜ我が家へ…。


「おーい、琴羽ちゃん おばあちゃんが栃木から持って来てくれた名物のダクワーズがあったよね。
お茶と一緒に持って来ておくれ」


「はーい、わかりました」


それぐらい自分でやってよ。

お客様が来ても絶対に お茶を出さない。

また変な亭主関白である。


「女性に こんなこと聞いては なんですがお歳は おいくつなんですか?」


「今年、26になります」


「お若いですねぇ」


鼻の下が伸びて話す お父さんの横から


「粗茶ですがどうぞ」


と間を割って入る。


「あの〜 単刀直入にお伺いしますが依頼人って誰ですか!」


「その方様から、こちらをお預かりしております」


「えっ…」


ある場所を指し示すマップをあたしに差し出された。


「ここ…」


隣駅にある超有名音楽スクールだった。


「本日の8時に予約を入れております。
と伝言を承っております」


「ええっ!」


意味がわかんない…。


「3ヶ月間、お嬢さまを支えるのが私の仕事です。
通いでもいいのですが私としては住み込みの方が日給が良いので出来れば住み込みでお願いしたいところです。
きちんと私の生活費は支払います」


もしかして お嬢さまって あたしっ!


「それから、こちらも お預り致しております」


でっかい お守りを受けとるが…


けっこー重たい。


「夜に女の子が出歩くのは危ないのでお守りを身に付けて欲しい、とのことです」


「…わかりました」


おっきくて重い お守りは なんだかご利益がありそう。


首にぶら下げられるようになってるので身に付けてみる。
< 13 / 19 >

この作品をシェア

pagetop