ゆとり社長を教育せよ。


「無言電話に感謝だなー、これ」

「馬鹿なこと言わないで……」

「だってうれしすぎる」


抱きあったままでそんな会話をしていた私たち。

恋愛中……特に恋の始まりは特に、周りが見えなくなるっていうのは本当のことで。



「……あのう、他の利用者の方の迷惑になりますんで……」



遠慮がちにかけられた男性の声。

パッと身体を離して声のした方をおそるおそる向くと、初老の警備員さんが懐中電灯を片手ににこりと微笑んでいた。

はっ! そういえば、これってオープンカーだった!

ってことは、このおじいさんに一部始終見られてた―――!?


「いや、愛し合うのは素晴らしいと思いますがね、続きは、部屋の方で……」

「「す、すいません!」」


二人そろって頭を下げ、そそくさと車を降りて駐車場を歩く。

その間にも、「若いって、いいもんですなぁ」とかなんとか呟いてる警備員さん。

恥ずかしくてたまらなかったけれど、エントランスへ続くエレベーターに乗って扉が閉まると、ふたり顔を見合わせてふっと笑う。


「……やっちゃいましたね」

「うん。……やだな、次にここへ来るときにまたあの警備員さんに会ったら」

「俺なんか毎日ですよ」

「わー、恥ずかしい」


そんなくだらない話をしていると、さっき怖い思いをしたことはいつしか頭の中から消え、私は新しい恋の始まりに浮かれるばかりだった。


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