ゆとり社長を教育せよ。




「高梨さん、俺ちょっと開発部行ってくる」

「開発部……?」


翌日の午後。さっきからずっと真剣にパソコンで作業していた社長がふと顔を上げて、私に言った。


「できたんだ。新商品の原案」


立ち上がった彼はコピー機の方へ向かい、出てきた紙をトントンと整える。


「いつの間に……! 見せてください、私にも」

「ううん。まだ内緒」

「どうしてですか……」

「高梨さんの力は借りたくないから、かな」


私の力は借りたくない……? どういう意味……?


「……ま、だからその代わりに開発部行くんですけどね。やっぱり他の人の意見も聞きたいし」

「そうですか……まぁ、私より開発部の人たちの方がきっと役に立つ意見をくれるでしょうから、いいんじゃないですか?」


……あ、すごく可愛げのない言い方。

でも、なんだかいじけたような気持になってしまったのだ。

社長と別れても、秘書としては彼を支えていける。そんな私の心のよりどころが、奪われた気がして……


「そういう意味じゃないですよ? じゃあちょっと行ってきます」


パタンと閉まった社長室の扉。

……いつの間にひとりで他部署に行けるようになったんだろう。

なんだろ、この心をすり抜けるすきま風は。

子離れできてない親って、こんな感じなのかな……



< 133 / 165 >

この作品をシェア

pagetop