ゆとり社長を教育せよ。
「そうだったんですか……」
確かに、高柳遠矢さんという俳優の人気は、飛ぶ鳥を落とす勢い。
男性タレントとしては今一番テレビに露出しているんじゃないかってくらい、彼を画面で見ない日はない。
その彼の体調に、宣伝してもらう側のこちらが合わせるのはある意味仕方がないのかも……
急な予定変更を頭の中でそう処理し終わると、私は再び社長に強気な視線を送る。
――だからって、勤務時間中に居眠りしていい理由にはならないもの。
「……社長の判が必要な書類がいくつもあります。せっかく時間が空いたのですから、そういう雑務を今のうちに済ませてしまいましょう」
私は事務的な口調で言って、持っていたパンダを社長の手に返す。
すると机の引出しから社長用の大きな判子を取り出した彼が、パンダを抱き締めながらへらっと笑って言う。
「ハンコならここにあるから、高梨さんが代わりに押してくれたり――」
「そんなことが許されるわけありません! あなたが! ご自分で最終判断をして! 責任を持って押印してください!」
ああもう、本当はこんな風にガミガミ言いたくないのに、あまりにふざけたことを言うからついつい頭に血が上ってしまう……
怒りのボルテージをなんとかなだめようと目を閉じると、前方からため息が聞こえてきた。
ちょっと! ため息つきたいのはこっちよ!
我慢できずにキッと睨みつけた社長の顔は、拗ねた子供みたいだった。
「……高梨さんてさ」
「なんですか」
「俺の秘書だよね」
「当然です」
今さら何を言ってるのかしら。だからこんな必死にあなたの曲がった根性を矯正しようとしてるんじゃない。