ゆとり社長を教育せよ。
俺と対峙した時はクールな印象しかなかったのに、高梨さんは感情が爆発したように声を荒げていた。
「美也……」
「転勤のこと……本当は、もっと前からわかっていたんでしょう?」
「……ごめん。なかなか言い出せなかったんだ。美也の仕事の負担になっちゃいけないし、それに……こうしてきみが泣くと思って」
「泣かないわよ……そんな、簡単に――っ」
泣いてるじゃん……。
彼女の顔は俺のいる場所からはよく見えなかったけれど、さっき張り上げていた声が段々と弱々しく、そして震えてきていたから、それを聞いただけでも彼女が泣いているというのがわかった。
「そうだ……ずっと隠してたけど、私、会社でいい感じの人がいるの。彼とはキスだってした」
――嘘だ。そんなの、絶対。
「そう、か……それならよかっ――」
「馬鹿! ほっとしないでよ……っ!」
ほら、やっぱり。……自分からそんな痛々しい嘘、つくなよな……
ますます泣き声を大きくする彼女。
そこでようやく、俺は自分のしていることに気が付いた。
俺、何してんだろ……こんな覗きみたいな真似――。
気まずい思いでくるりと踵を返すと、俺は来た道を引き返す。
その途中、背後で勢いよく扉が閉まる音がして、さっきも聞いたヒールの音が近づいてきた。
それを聞きながらも変わらず足を進めていた俺の背中に、突然衝撃が走った。
どうやら彼女が前をよく見ておらず、俺の背中にぶつかってしまったらしい。
「ご、ごめんなさい――」