伝えないのは、素直じゃないからじゃない
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 ときどき、ふと思うことがある。
 何かがあったわけじゃない、今の境遇に不満があるわけでもない。
 でも、ふと、思うんだ。

 本当は、僕はこの世に存在してないんじゃないかって。
  
 きっと誰かにこんなことを言えば怪訝な顔をされるだろう。
 僕だって自分が変なことを考えてるってわかってる。

 けれど、向こうから歩いてくる人が僕を避けて通ること、太陽の下にいれば影が出来ることが不思議に思えて仕方ない時があるんだ。僕は、本当にここにいるのかって。コンクリートの感触を靴の裏に、吸う空気は夏の暑さを含んで喉の奥に詰まったように感じるんだけれど、やっぱり僕が今ここで生きている実感が無くて。

 そんなとき。

「よぉ。お前、俺を5分も待たせやがって何様のつもりだ」

 しっかりと「僕」を見据えて、僕だけに言葉を投げかける君の不機嫌な視線に凄く安心したんだ。
 こんなことを言ったら「マゾかよ」なんて言われそうだけど。
 でも、今君の目には僕が映ってて、その僕が微笑んでいることにどうしようもなく安堵する自分がいたんだ。お前はここにいるんだって、この場所にいてもいいんだって言われてるようで。


「しょうがないからジュースでも奢るよ」
 君の視線が僕に向かっていることに気を良くして、何でもないことのように僕は君の隣を歩く。

「しょうがないって何だよ、お前が誘ったんだろ?観たい映画があるって。しかもよりにもよって背中が痒くなりそうな恋愛映画ときた!この誘いを受けた俺に向かってしょうがないって!」
「はいはいありがとう。感謝してるよ」
「心が籠もってねぇ!」

 隣でぎゃーぎゃー喚いてる君に向かって、心の中でこそりと呟く。
 本当に、感謝してるんだよ。


 いつも、僕を見つけてくれてありがとう。
 
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