私んちの婚約者
***
イタリア郊外――X年後


『アズサ先生!』


通りの向こうから、金髪の少年が私に向かって走ってきた。


『マルコ~宿題やった?』

私はここ何年かで驚くほど上達したイタリア語で返す。

『先生~お休みに入っちゃうってホント!?何でさ~イヤだよ!』

がっしりしがみついてくれる生徒に、私はニヤニヤ。

『おっ、甘えん坊~!』

『ちっがうよ!僕はアズサ先生が大好きなの!』

可愛いこと言ってくれちゃって!
最初の頃はちっとも懐いてくれなかった生徒が、こんなに嬉しい変化を遂げてくれるとは思わなかったよ、先生。

ぎゅうぎゅうと抱きしめられている私の前に、一台の車が留まった。
運転席からスーツ姿の男性が降りる。


「また他の男に口説かれてるの?」

日本語で投げかけられた、甘い声。

そこには結婚当初より更に更に色気の増した、私の旦那様が立っていた。

「迎えに来てくれたの?」

「もう検診の時間だろ」

私に抱きついたままの少年に気付いて、愁也はふ、と笑ってマルコを見下ろす。

『アズサ先生は赤ちゃんを産むためにお休みするんだ。悪いね、それまでは俺が独り占め』

「愁也、10歳児相手に大人気ないよ」

私はついつい口を挟んでしまう。

「10歳でも男だからな」

うう~ん、そーくるか。

日本語でのやりとりもマルコには何となく察しがついたようで。
びしっと愁也を指差して宣言した。


『いつか僕がアズサ先生を奪ってお嫁さんにするからな!』

「あぁん?」


おいおい、私の生徒を睨むな、睨むな!!
本気でオトナ気ないですよ、愁也さん!!

ブラック愁也様の気配に、賢いマルコは逃げ出した。よしよし。

『またね、アズサ先生!赤ちゃん生まれたら見せてねー!!』

可愛いそのセリフに手を振ったなら。
愁也が私を抱き締めた。
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