私んちの婚約者
夕方になってそろそろ帰宅しようと、蓮也さんの書斎のドアを叩く。が、返事はない。
そっと扉を開ければ、デスクの前で椅子に埋もれるように、うたた寝をしている彼が居た。

まあ、珍しい……。

彼の手から零れた書類が、窓からの風にあおられて散らばる。
それを一枚ずつ拾い集めて、デスクへ戻した。
彼の寝顔なんて、初めて見る。

眠る蓮也さんは、本当に綺麗。だからつい見惚れて、そっと囁いた。

「一目惚れ、だったんですのよ」

子供の頃に引き合わされて。それからずっと。

いつも向けられるのは、冷たい目と冷たい言葉。
でも一度も無視されたことはなかった。
拒絶でも、否定でも、ちゃんと反応を、言葉を返してくれた。

自分の意志が強すぎて独裁的に見られるけれど。
大きすぎる神前の家を、誰にも弱みを見せずに守り通そうとしている人。

本当は不器用で。

「あなたは優しい人です」

その顔に近付いて、唇にそっとくちづけた。


「……寝込みを襲うとはね。それも梓にそそのかされたんですか」


は、と目を上げれば。蓮也さんが私を見ていた。

――っ……!

途端に羞恥で顔が真っ赤になる。

「ご、めんなさい、私」

慌てて逃げ出そうとした私の手首を、蓮也さんが掴んだ。思いっ切り引っ張られ、デスクの上に組み敷かれる。


「きゃあ!」

驚きのあまり私は硬直してしまって。

え?
な、何が起こってるの?
というか、蓮也さんの顔が間近にありすぎて、何も考えられない!


「色仕掛けにしては、甘いんじゃないのか」


蓮也さんが私を睨みつけて。
彼の唇が、私の首筋に押しつけられた――。
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