私んちの婚約者
記憶、婚約者
**
夢を見た。

真っ暗闇で、独りきり。

膝を抱えて俯く小さな女の子。
泣き続けて、もう動く気力もない様子で、そこに座りこんでいた。

どうして、そんなとこにいるんだろ?
どうして、独りぼっちなの?

ふとそう思った時、パシャ、という乾いた音がして、カメラを構えた若い男の人が彼女の前に立つ。

「自分の力で生きろ。さもなきゃ野垂れ死にだ」

低い声。
あ、この人カイ兄だ。

(おぉ若ーい。なんか格好イイ~)

呑気に思ってから、カイ兄を見上げる小さな女の子の正体に気付く。

(あれ、私だ)

多分、五歳の私。15年前の、私だ。

「ほら梓、飯食いたかったら、取ってこいよ?隣んちのジジイが飼ってる錦鯉、あれなら難易度低そうだろ」

……カイ兄、ムチャクチャ言ってる……!
うちからスーパーまで徒歩五分なのに!

犯罪傾向なのはこの頃からかよ。

うーん、可哀想な梓ちゃん。
しかし、これ夢?私の記憶?

泣きながら鯉掴んで、隣のジジイに怒られてる幼児、スッゴいシュールな絵なんですけど。
他にも後から後からカイ兄のスパルタ教育が、小さな私に詰め込まれてゆく。

(そう言えば小学生の頃、修学旅行先から一人で家まで帰っちゃったことがあったな)

電車で三時間半はかかる道のりで、何度も乗り換えがあったのに、一人で平気で帰宅して、父にすっごく怒られたっけ。今思えばあれってカイ兄の教育の成果だったのかも。


でもそのカイ兄だって、いつまでも一緒には居られない。

「梓、俺は仕事で戦地に行く。いつ死ぬかわかんねぇし、会うのはこれで最後かもしれない。一人で大丈夫だよな?」

小さな女の子に、真剣に話す彼。

多分、私は嫌だって言いたかった。
無理だ、一緒に居てって。


だけどカイ兄は行っちゃった。小さな梓を振り返ることなく。
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