死が二人を分かつとも

「あ、れ。翼、治ってるの?」

白いハンカチがなく、露わになった部分には傷がない。

「こいつ、そよ香の袖口に吸い付いて、傷が治ったらしい」

袖、と見れば、確かに湿っている。
そういえば、袖で残骸の肉片をーー

「っっ!」

気味悪さから脱ぎそうになったが、コウモリに「手前がピカピカにしました!」と言われる。

「住人の役割は、地獄にいる奴らの駆除ですが、それはもっぱら“飛べない奴”の役目なんですよ。手前みたいのは、そいつらが駆除し損なった肉片だの体液だの、まあ、余り物の掃除です。地獄に来る死人さんは多いですからねぇ。数減らして、綺麗にしなきゃ、肉まみれのぎゅうぎゅうになっちまいますから」

「余り物の掃除って、つまり、食べるの?」

「美味しく頂きました!」

ニコーと主張されても、返答に困る。

余り物でも、結局は人を食べて生きるコウモリ。私だって食事の対象になる。

距離を取ろうとすれば、コウモリが思い出したかのように、私に白いハンカチを差し出した。

「こっちのも綺麗にしときました!袖口にこびりついた残骸飲んだら、なんか治っちゃいまして、いやぁ、まさか、手前がこんな体質だったなんて、そよ香さんのハンカチを汚してしまい面目ないっ。手前の血はさすがにまずかったんですが、あのまま返す訳にもいかないと思ってー、息止めながら吸いました!あと、シワになったんで、ふみふみして伸ばしておきましたよ!」

肩から力が抜ける。ハンカチよりも、コウモリを手に取ってしまうほど和んでしまった。

「そよ香、汚いから触んない方がいいって。伝染病持ったコウモリが人に噛みついて、大惨事になった話を聞いたことがある」

「失礼なっ!手前は病気なんか持ってませんし、そよ香さんややっさんには噛みつきませんよ!第一、手前はコウモリじゃないっす!」

確かに、コウモリみたいと思ったからずっとそんな目で見てきたけど、白くて喋って、おまけに愛らしい小動物はコウモリじゃないか。

「そだ!そよ香さん、手前に名前つけて下さい!コウモリじゃないのに、コウモリって呼ばれるのは嫌なんです!やっさんは、『白いの』とか『お前』とかしか名付けてくれなくて!」

もはや、名前をつけるつもりはない弥代くんは、不機嫌そうな面持ちになっていた。

「じゃ、じゃあ、私が」

キラキラした目に見上げられては、このままコウモリと呼ぶわけにもいかないだろう。

真っ先に浮かんだのが、『シロ』だけど、もっとこの子にしっくりくる名前はないだろうか。

白くて、小さな可愛いもの。

思っている内に、ふと、口から言葉が出た。
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