愛を欲しがる優しい獣

うっかり彼女の名前を出してしまったことが悔やまれる。あれがなければ他人のまま別れることが出来たのに、自分に限ってあんな簡単なポカをするなど思わなかった。

それほど動揺していたということか。

今までこの姿でうろついている時に知り合いと接触したことはない。

大抵、他人の振りをしてやり過ごすか、発見した瞬間避けるかの2択だ。

今回はレアケース中のレアケースだ。問題は、よりにもよって一番見られたくない相手にこの姿をさらしてしまったということか。

(うわあ……恥ずかしい……)

台所を所狭しと歩き回る彼女をそのまま見続けているとソファに身体が勢いよく沈んだ。

隣に樹くんが座ってきたのだ。

「なあ、鈴木さんだっけ?」

「あんた姉ちゃんとどういう関係の人?」

「か…会社の同僚です……」

「ふーん。同僚ねえ……。どうでもいいけどあんた、その眼鏡と髪型恐ろしくダサいぜ。姉ちゃんに好かれたいなら多少は見られるような格好にしといたら?」

「ありがとう。心に留めておくよ」

食事に誘って断られた挙句に告白まがいのことまでしたのは伏せておいた。

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