愛を欲しがる優しい獣
(もういいか)
なにもかもがどうでもよくなって、家では吸わないタバコを燻らせる。
煙を一気に吐き出したところで、俺を見ているスーツ姿の男がいることに気が付いた。
「大丈夫だった?」
男は欲望の渦巻く街の中で一際異彩を放っていた。
ここでは誰しもが日頃のストレスから解放され、自由を謳歌しているというのに。
その男はあくまでもグレーのスーツを折り目正しく着用し、清廉潔白を体現しているかのように、整った顔立ちに微笑みを浮かべていた。
「財布、返してもらったよ」
男が差し出した財布は確かに俺のものだった。
一応中身も確認してみるが免許証も学生証も現金さえもなくなった形跡がない。
どうやって取り返したかは聞かないほうが賢いのだろう。