アイドルとボディガード
「藤川くん、コーヒー入れてねー」
「はい、ただ今!」
そう言いながら社長が社長室へ引っ込むと私は藤川さんへ抗議した。
「ボディガードなんて大げさだよ!」
「僕は大げさだなんて思わないよ。千遥ちゃんの身に何かあってからじゃ遅いんだから。僕は社長に賛成だな」
「そんな……」
「ボディガードの何がそんなに嫌なのさ」
「嫌っていう訳じゃない、けど……雇用料とかさ考えると」
そう、うちはそんなに大きな事務所じゃないんだ、私が軌道に乗ってきたからいいものの所属タレントはほとんど無名に近い。
「なんだそんなことか。千遥ちゃんはね、そんなこと考えなくていいんだよ。どんな人が来るんだろうなー。これをきっかけに悪戯もなくなったらいいけど」
藤川早くー、と社長に急かされ藤川さんは給湯室に行ってしまった。
複雑な心境の私とは逆に、心底安心したような藤川さん。
この人は本当に人が良くて、隣にいるだけでとても心地が良い。
私は藤川さんを安心させることができるなら、ちょっとボディガードもいいかなと思い始めていた。
しかし、ボディガードと言っていいものか、ボディガードもどきの彼の登場に、そんな思いは瞬時に崩れ去られてしまうのだった。
「失礼します」
そう言って事務所のドアを開け、部屋へ入ってきた男。
見た目は20代半ば程だろうか。
細身の黒いスーツにノーネクタイ、無造作にセットされた黒髪。すらっと長い足、身長は180は優にあるだろう。
社長からボディガードの話をされていなかったら、うちに新しく入ったモデルだと勘違いしていたと思う。
だけどボディガードに顔やスタイルの良さなんて関係ない。
遠くでアイドル仲間の女の子達は騒がしいのは今シカトして。
私は彼を品定めするかのように見た。
片手をポケットに突っ込みながら、大きな欠伸をする様子はまるでボディガードには見えない。
なんともやる気なさそうなこの態度。
これはさすがに違うでしょ。新しくうちに入ったモデルだろう。そう判断した私は彼から視線を逸らした。
藤川さんも、まさかこの人が?いや違うよな?という表情で恐る恐る彼に話し
かけた。
「えと、どちらさまですか……?」
「ボディガードで雇われた桐生です」
「え……?」
一同ポカンとはまさにこの状況。私は再度彼に視線を戻し愕然とする。
「あのこちらでお待ち頂いてよろしいですか?」
とりあえず藤川さんがそいつを応接室へ通すと、私はつかつかと社長の元へ。ドアをノックする寸前で藤川さんが私の手を掴む。
「こらこらこらこら!何するつもり?」
「何って抗議だよ」
「はぁ?何考えてんの!」
「あたしあんなやる気がなさそうな人がボディガードなんて絶対嫌だ、なんでポケットに手突っ込んでんの。やる気ありませーんって、言ってるようなもんじゃない!」