虫の本
 そして、私は聞いてしまったのだ。
 彼等の声無き声を。
 彼等の想い無き想いを。
 それは耐え難い程の呪詛。
 個の無い幽霊達の、羨望の叫び。
 持てる者と、持たざる者。
 私は彼等を哀れんで、自ら彼等の同居を許したのだった。
 結果、加賀由加という個は無数の“無”意識に飲み込まれ、残りカスである器が加賀由加の設定を元に活動しているだけに過ぎない。
 今の私は、珊瑚や茸と大差の無い、群体で一つという存在なのである。
 無数の名も無き者という名の糸に操られた、滑稽なお人形(ドール)。
 一にして全なる者──それが、今の私の、リピテルやサリジェの、そしてドールと呼ばれる者達の正体である。
 本から弾き出されたその時に、加賀由加は死んでしまったのだ。
 名も無き皆は言う。
 自分にも“持てる者”の設定が欲しいと。
“持てる者”の意識を、自分達“無”意識で塗り潰してしまえと。
 皆は言わない。
“無”意識であるが故に、思わないし考えない。
 それは取り憑き奪うだけの、自動的なモノなのだから。
 居るのに居ない。
 言うのに言わない。
 思うのに思わない。
 矛盾しているのに矛盾していないという真理は、“持てる者(アオイヒロキ)”には絶対に理解出来ないだろう。
 ドールはまだまだ沢山居る名も無き者達を救う為、彼等が憑くべき器、つまり持てる者を襲わなくてはいけないのだ。
 子孫を産み育む事の出来ない人形は、生物に非ず。
 生産しなければ、家族を、そして仲間を、増やせないのである。
 それは分かるし、仲間を増やしたいという欲求は決して悪ではない。
 でも──
「何を今更“大事な事を思い出した”みたいな顔をしてるのかなあ?」
 司書さんの返す言葉も無い私だった。
 失念していた。
 自分がドールである事を常に意識していなければ、今の私はまだ加賀由加の残滓が強すぎて、大切な事を忘れてしまいそうになってしまう。
 私は既に加賀由加ではないというのに。
 なのに、加賀由加でもあるという矛盾。
 私は考える。
 自分の事。
 今後の事。
 本の事。
 ドールの事。
 ……そして、大樹の事。
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