虫の本
 落ち着け蒼井大樹。
 解体して、吟味して、構築して、判断する。
 いつもやってる事だろう?
 あり得ない事の揚げ足を取るのではなく、起こってしまった事実だけを受け止める。
 そうすれば、見えてくる物があるはずなんだ。
「由加さんの額に触れた時、その記憶の一部を栞に記述させて頂きました。お陰で貴方は、今こうして生き延びてます」
 そう言われ、俺は赤髪と別れる前に彼女が“何か特殊な力を”“このような無差別に暴れる力では駄目だ”みたいな事を言っていたのを思い出した。
 きっとあの時の事だろう。
 つまりなんだ。
 裏路地で赤髪に追い付かれた後に聞かれた、“何か力のある物”。
 由加はその問いかけに対して、俺の予想通りさっき見てきた映画の“皇樹の侵林”を連想した。
 赤髪はそのイメージを記録していたという事だろう。
 もっとも、それ──皇樹を記録した栞は一時凌ぎにしかならないと判断したからこそ、俺と由加を逃がし、一人で糞天使と戦う事を決めたのだ。
 俺達がもっと協力的だったならば、彼女はこんなにも傷だらけにならずに済んだのだろうか。
 ……由加は、死なずに済んだのだろうか。
 どろどろとした暗雲のような物に心が覆われそうになり、俺は慌てて頭を振った。
 後悔するのは後回しだ。
 どこぞのお偉いさん方みたいに、今は責任の追求や押し付け合いをしている場合ではない。
「それが、さっき俺を守った大量の木の正体か。いきなり地面を割って生えて来たから何事かと思ったけど、あんたの仕業だったんだな」
「はい」
 記憶して、保存する。
 再生して、実行する。
 挿してしまえば、挿し直す為には一度抜かなくてはいけない。
 が、複数所持しているならば、併用は可能。
 ……なるほど、確かにこれは栞の機能と酷似はしている。
 先ほど彼女が口走った“図書館に帰るまでは再度使う事は出来ない”という言葉にも、特にこれといった矛盾は認められない。
 赤髪の肩に留められた栞を眺めながら、俺は彼女の言葉を検証していった。
 彼女を疑い、揚げ足をとる為ではなく、俺を救ってくれた彼女を、本当の意味で信頼する為に。
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