虫の本
「俺は力で敵を倒す事でしか物事を解決出来ない、幼稚なバトル漫画の主人公じゃねーんだよ。ただの人間で、ただの高校生なんだ。敵を倒すだあ? 冗談じゃねー、くだらねー。あの糞天使と同じ土俵に立つなんざ、虫酸が走るってもんだ。頭、少し冷やそうぜ?」
 反論の隙を与えずに、言いたい事だけを吐き出した。
 きっと、俺はかなり険しい顔をしていた事だろう。
 黙ってその言葉を受け止める赤髪の表情が、少し辛そうに見えた気がした。
 でも、そうしなければ彼女に反論されそうな気がしたから。
 少しでも彼女に反論されれば、糞天使への憎しみに負けてしまいそうな気がしたから。
 糞天使への憎しみに負けてしまえば、奴に力で挑み玉砕する未来が容易に想像する事が出来たから。
 解体して、吟味して、構築して、判断するまでもなく、武器一つ持たない一般人があんな怪物を倒せる可能性なんて、万に一つもありはしないのだから──
 仮に白紙の栞とやらを手に入れたとしても、今の俺では武器として十分に使いこなす事は出来ないだろう。
 既に、十分過ぎるくらいに奇跡は起きている。
 御都合主義な茶番劇はここまでだ。
 後は自力で仕組んだ出来レースに持ち込まなくては。
 無言の睨み合いが続く。
 お互い時間は一秒たりとも無駄にはしたくないはずなのだが、ここを曲げては協力関係を結ぶ事が出来ない大事な所なのだ。
 譲れない物を賭けた静かな駆け引きは、しかしすぐに幕を下ろす事となった。
 先に折れたのは、もちろん赤髪の方である。
「それが貴方の戦いなのですね。確かに私は焦り過ぎて──いえ、視野が狭かったのかもしれません」
「そう言ってくれると思ってたよ。悪いな、由加と約束しちまったんだ。絶対に生き延びるって」
 睨み合いに根負けした赤髪は、ようやく俯き気味に溜息を吐き、肩を落とすのだった。
 俺の言葉。
 その半分は嘘だけど。
 半分は信じていなかったけど。
 彼女が俺を置き去りにしてでも、強化の効果が切れる前に糞天使に再戦に挑みに行く可能性も考えてはいたけど。
 しかし、これもまた彼女の選択だ。
 現状において、玉砕覚悟の特攻よりは良い選択のはず。
 より良い選択のはず。
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