虫の本
 向こうは腐っても天使、である。
 この裏路地はいくら薄暗いとはいえ、あまり遮蔽物が無いため、空から探されてはたまったものではない。
 異形の有翼。
 再生天使。
 奴は空が飛べると考えた方が良い。
「分担か……適材適所。そうだな、あんたにはもう少し頑張って貰うか」
 はい、と頷く彼女の存在が、味方の居ない俺にはとても心強く感じられた。
 問題はこの穴だらけになった壊れかけの世界で、どうやって目的の栞を見付けられるのか、という点だ。
「栞の見た目は?」
「追加で来る栞も私が持っている使用済みの物と同じサイズで、無地。情報は記録されていないでしょうから、真っ白のはずです」
「何処にあるかも分からねーそれを、俺一人で見つけなきゃいかんのか……」
 はい、と彼女は綺麗な赤い髪を揺らして頷いた。
 口で言うほど簡単な作業ではない事は、十分に分かっているつもりだ。
 ただ、司書って奴の考え方が分かっている以上、そこから推理する事は出来るかもしれない。
 俺は腕を組み、長考の姿勢に入った。
 時間が無いのは重々承知しているが、無闇に探し回って見つかるような物でもないだろう。
 それでも、広大な海から一粒の砂を探すような状況よりは、いくぶんマシな作業と言えた。
 司書って奴が俺に対してフェアであろうとするならば、俺が世界が崩壊する前には自力で辿りつける場所に栞を隠すはずである。
 ここまで考え、俺は再び一つの疑問にぶち当たった。
 これは、あの再生天使を自称する詐欺師にも投げ掛けた疑問でもある。
「なあ、何で俺や由加が基準なんだ? あんたの呼び声に応えられたのも俺と由加。糞天使が“再生”対象に選んだのも俺と由加。そして、白紙の栞が挿されるのも、たぶん俺や由加にまつわる場所だろう。俺が行った事もない場所に栞を隠すのは、俺に対してフェアじゃねーからな」
 ずっと、気になっていた。
 地球上には無数の人間が、日本に限っても一億をはるかに越える人間が存在している。
 この街にだって、数万から数十万の住人が居るだろう。
 何故、俺達二人でなくてはいけなかったのか。
 その答えは俯き気味の赤髪の口から、曖昧な形で告げられた。
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