虫の本
 これまでの羽野郎の行動を見れば、B・Bが複数存在している事は明らかである。
 弾切れの有無までは不明だが、惜しみ無く出して来る内はストックに余裕があると見て良いだろう。
 ますます勝算の低さが強調され、俺は霧散しそうになるちっぽけな戦意と勇気を必死になってかき集めた。
 今はまだ口数こそ少ないが、やはり由加の存在は厄介である。
 そんな彼女の手腕を目の当たりにし、羽野郎は不満そうな顔をしつつも“左手”を頭上に掲げ、羽矢を構え直した。
 奴もこれまで多くの者を騙し、いたぶってきただけあり、由加の考えが正しいと判断したようである。
 どちらも一筋縄にはいかない強敵だと言えよう。
 肝心な羽矢はといえば、奴の“左手”、その掌の数センチ上にフワフワと浮かんだままである。
 あれが種のある手品だろうと、リカイフノウなマホウだろうと、俺には関係が無い。
 殺傷・破壊を目的とした凶器である事が判明しているだけで、情報は十分だ。
 着弾時の爆風に巻き込まれぬよう、由加が二歩後退し、羽野郎の背に隠れる。
 同時に、羽野郎が高らかに開戦を告た。
「さあ、そろそろ死してその器を我等と共有するが良い、持てる者よ!」
 超音速で飛来する悪魔の弾丸。
 羽根をあしらった純白の死神。
 勢いよく“左手”が振り下ろされ、B・Bが再び放たれる!
 その弾速と飛距離、そして破壊力は、通常の手投げダーツとは比べ物にならない。
 弾道を目で見て躱す事など、絶対に不可能な代物だ。
 が、二度ある事は三度ある。
 奴の狙いは俺。
 それも、俺の頭を狙って来る事は周知の事実である。
 故に、躱すのは容易。
“躱す術は無い”にも関わらず“躱すのは容易”!
 頭蓋を狙った羽矢は空しく虚空を切り裂いて、遙か後方で大破壊を巻き起こした。
 砕けた地面と壁面が混在した破片が背を打ち、頬を薄く切り裂いていく。
 奴の狙いが頭だと分かっているなら、B・Bが放たれる直前に深く腰を落とし、そのままやり過ごせば良いだけだ。
 無論、意図的にあの凶弾を回避出来るのは、これが最初で最後だろう。
 今回自体、かなり危ない賭けであった。
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