虫の本
 …………。
 全く根拠になっていなかった。
 奴がニワトリに由来すると言う根拠に、全くなっていない。
 と言うか、ニワトリはchickenだけれど、ニワトリは決して臆病な生き物ではない。
 闘鶏とかって競技があるくらいで、むしろ雄鶏は縄張り意識も強く、獰猛な鳥なのだ。
 けど、トリ野郎を怒らせるには、この位の方がちょうど良い。
 仮定はあくまでも、仮定。
 状況証拠からの連想でしか無いので、奴が本当に天使であった可能性や、ニワトリ以外の物に由来する鳥人であった可能性も大いにあった訳だ。
 しかし奴は、飛行能力が低い──または飛行能力が無い事を隠した上で、あえて天使を名乗っている。
 鳥扱いされるのを相当嫌っているであろう事は、容易に想像できたのだ。
 事実はどうであれ、そんな奴が鶏(チキン)扱いされた日には、冷静さを保つ事など出来ようか。
 繰り返しになるが、俺にとっては奴の正体が何であっても関係ない。
 だが、正体を暴かれる事に奴が屈辱を感じるならば、徹底的に暴いてやるまでだった。
「ひひ──ひ……ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!! きき、決まりだ! お前には“再生”の資格すら無い! ここで屍を晒したまま消えて行け!!」
「おっと悪い、図星だったのかな? 仕方ない。さっきの失言は三歩歩く間に忘れてくれ、“トリ頭”野郎」
 とどめとばかりに、追い撃ちをかける俺。
 怒りに任せて迫る奴の“左手”が、こちらの喉元に触れそうな所にまで伸びて来ている。
 それを俺は、両腕を使ってギリギリの所に押し留めるだけで精一杯だ。
 僅かでも油断すれば、首を絞めるどころか、奴の怪力で喉を押し潰されかねないだろう。
「黙れェ……ここまで我を愚弄し尽くしたのもお前が初めてだ、お前如きの安い命を以てしてでも、償いきれると思うなよ!!」
「知ってるか? 三流悪役っぽい台詞を吐く奴は、どんなに凄んだって最後は必ず負けちまうんだぜ?」
 それでも俺は、言葉だけは余裕を崩さない。
 奴にストレスをかけ続ける為に。
 奴の注意を俺に釘付けにさせる、その為だけに。
 そう、ようやく準備は整ったのだから!
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