虫の本
「な……お前、何を──」
「探し物は、これだろう?」
「!!!」
 声にならない声を漏らしたトリ野郎は、その視線で俺の左手を絡め取り、そしてそれは即座に奴自身の“右手”に吸い寄せられた。
 大きな袖口に隠れて見え難いけれど、実は奴の“右手”には一枚の紙切れが握られている──はずである。
 それが、脱力した指先からはらりと舞い落ちた。
 薄くて。
 小さくて。
 四角くて。
 そしてそれには、非常に細かい銀の文字がびっしりと書き込まれていた。
 答え合わせも最終段階である。
「よう、撃たねーのか? 超、必、殺、技、をさ」
「ば、馬鹿な……何故このような事が!?」
 銀文字の栞。
 使用済み。
 赤髪が記述の能力で情報を書き込み、読解の能力で一度だけ記録された情報を読み出す事が出来る、とても便利な記録媒体。
 俺は彼女からそう聞いた。
 それは赤髪にしか生成できない物で、トリ野郎には真似できない事だという。
 それが、“何故か”トリ野郎の手に。
「気付かなかったか? この赤髪は、六枚の栞を持っていた。強化の栞を使い切った今、こいつの肩には六枚枚あるはずの栞が、五枚しか装備されて無い事に……って、ああそうか、悪いな。ニワトリは夜目が利かないんだっけ」
「いつだ、いつの間に──ぐ、まさか」
 遅い遅い。
 B・Bを封殺出来た事が確認出来れば、後はもう俺のペースである。
 失えるほとんどの物を失ってしまった俺にとって、怖い物なんてあんまり無いのだ。
 俺は逃げるけど、あんたは逃がしはしないぞ、トリ野郎っ!
「赤髪の一撃、結構効いただろ? 少しの間、意識が遠退くくらいには」
「う……ぐぐ……」
 奴は低く唸りながら後ずさる。
 奴の意識が飛んだのはほんの一瞬、一回限りだ。
 俺が奴に銀文字の栞を持たせられたチャンスは、あの一瞬だけだった。
「つまり、失敗作の逃走も、我の意識をお前に向けさせる為の罠! 失敗作に由加を引き連れて行かせた事も、我への挑発を確実な物とする為の罠! 我への執拗な挑発も、失敗作の奇襲を成功させる為の罠! そして、その奇襲すらも!!」
「本命を頂く為の罠、ってな」
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