水平線の向こう側
私には彼氏がいる。それはそれはかっこよくて男らしい彼氏だ。同じクラスになって好きになって、女子が苦手だった彼に必死に話しかけて、やっと普通に話せるようになって。そして思いきって告白して、やっとの思いで飯田君の彼女になる事が出来た。その時はそれだけで嬉しかった。特別何もしなくても、一緒に居ることが出来なくても、飯田君の彼女であるというだけで幸せいっぱいだったけど。そんなのは最初だけだと今ひしひしとそれを感じている。もっと一緒に居たいし、特別な事もしたい。そんなの当たり前の欲だし、私が置かれている状況を見てみれば当たり前のことだと思った。

「沙耶、またぼけーっとしてる」
「あ…ご、ごめん」

友達であるはるちゃんにそう言われて、ふと我に返った。視線の先に居たのは飯田君なのだが、ずっと見つめすぎていたらしい。はるちゃんはそんな私を見て、はあ、と小さくため息をついた。

「もっと、わがまま言えばいいのに」
「言えないよ。重い女って思われたくないし」
「いや…沙耶の場合は別でしょ」

恋人らしいことなんて、ひとつもしてない。飯田君とは同じクラスなだけ。むしろ、付き合ってからの方が話していないくらいな勢いだった。電話もメールも中々しない。学校で話しもしない。それこそ、本当に赤の他人のようなものだった。でも、こんな関係でも本当に最初は満足していたのだ。飯田君は女子が苦手だから、付き合ってくれるとは本当に思っていなくて。嬉しかったけど。

「あ、チャイム鳴った」
「ほらほらー席戻んなよ」

次の授業が始まるチャイムが鳴った。それに合わせてはるちゃんは自分の席に戻った。どうせ、授業なんかはなから聞くつもりはない。先生が来て号令をした後、すぐに机に伏せた。目を瞑れば、ある光景が頭の中に浮かぶ。それを思い出して、心がズキンと痛んだ。

多分、飯田君は私のことを好きな訳じゃない。
付き合い始めた最初こそは好きでいてくれたのかもしれないが、多分今は違う。そう思う理由はたくさんある。まず、付き合う前より明らかに関わらなくなった事。席が遠くなったのもあるけど、自分から話しかけてきたことなんてない(それは前もだったけど)。メールだって電話だってしないし、一緒に帰った事もない。付き合い始めて、今まで何度か記念日はあったけどそれを自分から切り出してくれた事は無い。そして、あとひとつ、それを裏付ける決定的な理由があった。

「こら荒川、寝るな」
「…はい」

ベシッと教科書で軽くはたかれて上体を起こした。元々寝ていた訳ではなかったし、潔く上体を起こした私を見て、先生は再び授業を再開した。頬杖をついて、窓から見えるグラウンドを見た。私は一番窓側の席の一番後ろと言うなんとも素敵な席だった。暇だったら外を眺めてられるし、一番後ろだから目立たないし何してもばれない(と自分で思っている)。ぼーっと見ていただけだったけど、ある人を見つけて、思わず眉に皺を寄せた。

「……、」

体育の授業でグラウンドでは体操服を着た生徒がサッカーをしていた。女子も男子も一緒にやっているらしい。それだけだったら何も思わないけど、その中にはある女の子がいたのだ。それは、一つ年下の栄野川高校男子バスケ部マネージャーの風無さんだった。風無さんはとても可愛い。私が飯田君と付き合いだす前よりもっと前からマネージャーとして飯田君と関わりを持っていた。私は三年生になって初めて飯田君と同じになったから、正直付き合いはそこまで長くはない。マネージャーとして一年生から頑張っている風無さんはずっとバスケ部の人達と、飯田君と一緒に頑張ってきた訳で。だから、飯田君が風無さんに心を許しているのは当たり前のことなんだけど。
もうひとつ、飯田君が私のことを好きではないという考えを確信させる事実がある。それは、飯田君と風無さんがとても仲が良いという事だ。特別な目で見ていなくても誰でも分かる。飯田君は女子が苦手でそれこそ知らない女子とはしどろもどろになりながら話すけど、風無さんは違う。私にだってもう普通に話してくれるけど、風無さんに対する態度とは違うのだ。だって、風無さんには笑うのだ。自分から話しかけて、会話をして。私に笑いかけてくれたことなんて果たしてあっただろうか。なかったと言えば嘘になるかもしれないけど、それでも圧倒的に少ない事は確かだ。

(…やだ、な)

きっと、飯田君が好きなのは、私じゃなくて風無さんだ。
もちろん飯田君から直接聞いた訳じゃないし、完全に勘だけど。それでも私の中では確信があった。ちゃんと理解してる。飯田君が私のことを好きじゃないことくらい。それでも、私は自分から飯田君と別れることはしない。だって私だって飯田君が大好きで、やっと付き合う事が出来たのだから。恋人らしくなくても、まるで赤の他人だと誰から思われても。飯田君は違くても、私が好きな人は飯田君だから。


それを幸せと呼びたいのです
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