ストリート

 駅前の並木通りに来て欲しい。

 簡潔な内容だけをメールで送った。

 バイトがあるから無理かもしれない。

 もしかしたら、会いになんて来てくれないかもしれない。

 いろんな否定的思考が頭の中を過ぎったが、栞が好きな敬介は、大切に思う人の言葉を蔑ろにしたりはしない、そんな人だ。

 すっかり通い慣れたその場所で、栞は足を止めた。


「こんばんは。」

「こんばんは!今日も来てくれたんですね!」


 最近馴染みとなった栞の姿に、RYOTAは嬉しそうに話しかけた。

 アコギ1本では、立ち止まってくれる人はあまり多くないらしい。

 たくさんのストリートミュージシャンが集うこの並木通りでは、色々な機材を持ち込んでいる人も多く、ギターと地声ではなかなか届かないのだとか。


「今日はどんな曲がいいですか?」

「今日はね、人と会う約束をしてるんです。立ち止まったままは嫌だから。」

「……ずっと浮かない顔をしていた原因ですか?」

「来てくれる保証はないんですけどね。」


 困ったように笑う栞に、RYOTAは少し考えると、ギターのチューニングを始めた。


「その人に聴いて欲しい歌、ありますか?」

「あのね、最初に聴いたあの曲。私が足を止めたあの曲、お願いできますか?」

「リクエスト、承りました!じゃあ、それまでの間は、あなたへの応援歌をお送りしますね」


 きらきらした笑顔で奏でられる音楽は、RYOTAが言ったように、明るく励まされるものばかりだ。

 時には以前買ったCDに入っていた曲を一緒に口ずさんだり、出来上がったばかりの新曲を聴かせてもらったり。

 そうしてどれくらい経っただろうか。

 栞は、自分の隣で足を止める存在に、視線を向けた。


「敬介……」

「悪い、待たせた。」

「ううん、バイトあったんでしょ?」


 互いに控えめに話しかける2人。

 いつしかRYOTAが奏でる曲は、栞が初めて足を止めるきっかけとなった曲に変わっていた。

 その歌に背中を押されるように、栞は敬介の瞳をしっかりと見つめた。


「こないだはごめんなさい。敬介が明里ちゃんのこと大切にしてるの知ってたのに、試験勉強でイライラして八つ当たりしたの。ごめんなさい。」

「ん、俺もごめん。栞はちゃんと家の環境理解してくれてるのに、それに甘えてたんだよな。明里にさ、お兄ちゃんは女心わかってない!って怒られたよ。」


 大きな手のひらでぽんぽんと頭を撫でられる感触が、やっぱり好きだと思う。

 自然と笑みが溢れた栞を、敬介はそっと抱き寄せた。

 久しぶりに感じるぬくもりが、やっぱり好きだと思う。


「ここでね、この曲に出会ったの。」


 互いの体温を感じながら、RYOTAの歌声に耳を傾ける。


「大切な人とすれ違って、本当は大切だったことを再認識して、今すぐには元の位置には戻れなくても、いつかちゃんと隣を歩きたいって。あの日の私の心、そのものだったの。」

「……ちゃんと隣、歩いてろよ。じゃなきゃ、何かあった時に支えてやれない。」

「うん、ありがと。」


 少し照れくさそうに笑いながら寄り添う2人を、RYOTAは優しく見守りながら歌い続けるのだった。
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