アルマクと幻夜の月



あまりに予想外のことに、シンヤは返事もできず固まった。

その隣でイフリートが、是非を問うような視線をアスラに向ける。

アスラが頷くと、イフリートはそっとシンヤの背中を押した。


ためらいがちに近寄ってくるシンヤの手を、ハイサムが掴む。

何をするのかと呑気に見守っているアスラの目の前で、ハイサムはシンヤの後ろに回り込んで、シンヤの首元に腕を回してナイフを突きつけた。


「おまえ、何を……!」


まさかそんなに正々堂々と人質をとられるとは思わず、アスラは慌てるが。


「どんな手を使ってもいいっつったのはおまえだ。シンヤを放してほしかったら、おとなしく捕まりな」


勝ち誇るでもなく、ハイサムはただ淡々とそう言った。

その目にはったりや虚栄の色は見えない。


――本気だ。


そう悟って、アスラは生唾を呑み込んだ。


シンヤは前頭領のアーデルを慕い、ハイサムを認めていなかった。

だが、このハイサムという少年の冷静さ、冷酷さを見るに、ハイサムはあるいはアーデルよりも――そこらの領主なんかよりもずっと、頭に相応しい人間なのかもしれない。


「もったいないな。おまえみたいなのがスラムで暮らしているなんて」


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