アルマクと幻夜の月



王宮ではこそどろ姫と呼ばれ、ジャウハラの夜に突然現れた黒馬に乗って空を飛び、王宮を出奔。


かと思えば隣街のマタルで盗賊団の頭になって、領主の館を荒らしにかかる始末。


一国の姫君の噂話で、これほど現実味のないものも他に類を見ないだろう。

しかもそれが紛れもない現実なのだから手に負えない。



これほど現実感のない噂話が出回れば、あとは勝手に噂が一人歩きして、

うまくいけば民が有る事無い事ひれをつけて、衛兵たちの捜索を混乱させてくれるだろう。


――が。


そう上手くいくはずもなかった。いや、上手くいきすぎた、と言うべきか。


手を伸ばした宿屋の扉が、アスラの手が届く前に、外側へ開かれた。


その向こうに現れた、金の髪。

見覚えのあるその甘ったるい顔が、満面の笑みを作った。


アスラの見開かれた目と、彼の細められた目が合う。


「…………キアン・ベネトナシュ」


「アスラ姫! こんなところでまた会えるなんて! やっぱり私たちは運命で結ばれているみたいだ!」


アスラが小さくつぶやいた名前は、しかしキアンによって掻き消されてしまった。


< 237 / 282 >

この作品をシェア

pagetop