アルマクと幻夜の月

*第一夜 8*

母の居室の扉の前でアスラは立ち止まった。


慌ててここまで来たはいいが、ここ一年ほど避けられ続けていた母にどんな顔をして会えばいいのかわからない。

扉の前で固まったアスラの足元で、黒い鼠がアスラを見上げた。


長い長い沈黙の後。


「……は、はうえ……」


ようやく絞り出した声は、かすれて消えそうだった。


扉の奥からの返事はしばらくの間返ってこなかった。

声が小さすぎて聞こえなかったのかと、アスラがもう一度呼びかけようとしたとき。


「……アスラ?」


記憶と違わない、懐かしい声が聞こえた。


「どうしたのです、お入りなさいな」


優しい響きの声が言う。アスラは促されるままに扉を開けた。


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