僕を止めてください 【小説】




「死んだ僕のほうが、もっと気持ちいいと思いますよ」

 僕は真剣にそう言った。それを聞くと彼は、大きく息を吸って、目を閉じた。

「うん。君の言うとおりだ。言うとおりだよ…」

 そう言うと彼は両手で顔を覆った。どうしたのかな。なにかマズイことを言ったのだろうか。

「…我慢してるんだ…もう…それ以上…言わないで」
「ごめん…なさい…」

 僕はちょっと悪いことをしたような気分になった。謝ると、彼は不意に我に返ったみたいに覆っていた手を外し、顔を左右に振って、もう一度深呼吸した。

「君は…思った以上に、強敵だ」

 そう言うと、フッと鼻で笑った。それは自嘲的な笑いだった。

「さ、シャワー浴びて、服着て。家まで車で送ったげる。今日のこと、わかってると思うけど内緒だよ。誰にも内緒ね」
「はい。言いません」
「なんてまた…いい子だ。もしかして僕のこと逆に脅迫するのかい?」
「出来なくはないけど、僕にそんな気は無いです」

 彼はとても変な顔をして、僕をマジマジと見た。そして僕の手を引いてソファから立たせた。

「こっちね。お風呂場」

 シャワーで身体を流した後、服を着て、メガネをかけ直した。来た時と同じ姿に戻った。その日起こったことが夢か何かのような感覚に襲われた。





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