僕を止めてください 【小説】
だが、それ以外は業務以外で関わる必要はない。僕はどのみち彼を無視しなければならなくなるし、そうしないと一年後くらいに彼にも自殺願望が現れてくる。もしくは何かのはずみで死ぬような目に合う。いくら幸村さんが強引でも、僕が無視し続ければ、コミュニケーションは機能しない。一方的に僕のことを注目するだけなら、僕の育ての母親のように命に別状はないはずだ。…そう思ったが、待てよ…これはなにか変だ、と僕はもう一度彼の発言を頭の中でまとめてみることにした。
・君は俺の考えていた司法解剖をした
・君が本当に使えるかどうか、それ以外興味はない
・君の発作の事後処理は俺がするから屍体の分け隔てなく目一杯仕事してくれ
・俺と一緒に仕事してくれ
・屍体だけに集中してる君に惚れた
・君の解剖が好きだ
・君の解剖は君自身だ
あ…マズい。これは大変にマズい。
僕は次第に幸村さんの本当のヤバさを理解し始めた。このまとめの中には僕を好きになる原因として、業務以外の項目が一切なかった。そしてそれが幸村さんの僕への好意のすべてのように思えた。つまりこれはこの人の人生が職業を中心に考えられている…いや、人生が職業そのもの、ということを示唆していた。そうすると僕が幸村さんを避けるためには法医学者を辞めるしかない。しかしそんな選択肢は今の僕には有り得ない。いや、未来の僕にも有り得ない…ありえな……うわぁ。そしてこの先何体、いや何百体、何千体の自殺屍体を僕は解剖するんだろう。その度に僕は幸村さんの言うように目一杯自殺屍体に取り組み、どれだけ気が狂うんだろうか? そしてその度に僕は今回のように抵抗も出来ないままこの人に抱かれるのか…
その結論に僕は気が遠くなりそうだった。幸村さんが警察を辞めるようなことがない限り、この変な愛情は僕が定年になるまで続くということなのか。幸村さんが警察を辞める…有り得ない。この人の精神及び肉体に、仕事以外の成分が一体何%含有されているのだろうか? いや、定年以降この人は生きていけるんだろうか? 人生そこで終わっちゃうんじゃないのか? そこまで考えて、僕はハタと堺教授の言ったことを思い出した。
(君たちは似てるんだよ)
思い出した途端に僕は視界から幸村さんを追い出すべく、彼と反対の方に再び高速で寝返りを打っていた。その発想はなかったって言ってるでしょ…堺教授。僕は自分の思い出した上司の分析結果に叫びだしたくなった。僕は決して仕事人間じゃない。仕事をしてるふりして、屍体と一緒に居るだけの穀潰しだ。どこかで自分がこの世に居ていいと思いたいから仕事という言葉で正当化しているが、罪悪感から来る建前と本当の気持ちとは雲泥の差なのだ。雲泥の差なのに…この結論はなんなんだ。僕のいまの人生には法医学以外何もない。それで満足だし、それ以外に何かする時間もない。でもそれが自然なのだから仕方ない。見た目は似ていても中身は違う…冗談じゃない!
「おい…起きたか」
寝ているはずの幸村さんの声が突然耳元で聞こえた。