僕を止めてください 【小説】
「あ?…えっと…はい」
驚いた僕は後ろを向いたままとっさによくわからない返事をした。さっきまで考えてたことが霧散していった。
「もう治まったのか…発作」
気がつけば、身体の狂躁感はなくなっていた。
「ああ…はい。もう全く大丈夫です」
「そうか…残念だ」
迷惑な感想を述べて彼は僕の背中に身体を寄せ、後ろから腕を回してきた。
「まだ犯せるかって思ってたのに」
「いえ、それはないです」
「ほんとか?」
そう言うと彼は後ろからいきなり僕の股間のモノを掴んだ。
「なっなにするんですかっ」
「ほんとだ。勃ってない」
「断りもなく触んないでくださいよ!」
「断んなきゃダメなのか…面倒だな。まあいいや」
彼は勃ってない僕の性器から手を離すと僕のうなじに唇を押し当てた。吐息が熱くて微かにブーンという虫の羽音のような波長が耳の中に聞こえた。
「あの…もう治まりましたから」
「うん。わかってる」
「やめてもらえませんか?」
「なんで?」
「僕、生きてる人に欲情したことないです」
「これからするかもよ」
「エビデンスは完璧なんですから、非科学的なこと言わないで下さい」
「おいおい、それまさか1000人単位のサンプルに犯された結論とかいうの? あるわけねーだろ、んなエビデンス」
「3人ですが、それで充分です」
「ちょ…おま…それで非科学的とか言うなよ。可能性の宝庫じゃん。良かったぁ。がんばろ」
「いやあのだって犯されてなくても1000人単位の人間には直で会ってるでしょ、少なくとも学校とかで。興味ないんですよ…生きてる人にそもそも」
言いながら、僕は言い知れぬデジャブ感に襲われていた。これと同じような応酬を誰かと言い合った気がする…
「いや違うぞ、よく聞け、これは俺という新たなサンプルを試すべき時期なんだって。経年変化という条件を看過するのはどうかと思うぞ。それこそ非科学的ってもんだ。それでまたその結果でエビデンスを強化するも良し、間違ってましたって俺に謝るのも良し…だってさ、俺、まだ一回しか出してないんだけど」
「…治まってないのは貴方の方なんですね」
と、僕は呆れて呟いた。自業自得でしょう…と密かに僕は毒づいた。あまり熱い身体でいじられたくない。早く抜いてここから立ち去ってくれと僕は願った。
「僕でオナニーしたらいいじゃないですか。慣れてますよそういうの」
「あのな…そんな言い方するな」
場違いな説教じみた物言いに僕は切れそうになった。